幽斎

3つの鍵の幽斎のレビュー・感想・評価

3つの鍵(2021年製作の映画)
4.4
カンヌ映画祭パルムドール「息子の部屋」、ヴェネチア映画祭特別金獅子賞「監督ミケーレの黄金の夢」、ベルリン映画祭銀熊賞「ジュリオの当惑」世界三大映画祭のタイトルホルダー、イタリアの名匠Nanni Moretti監督最新作。アップリンク京都で鑑賞。

カンヌ映画祭コンペティション栄冠は成らず。まぁ審査委員長Spike Lee監督がパルムドールに選んだのはレビュー済「TITANE/チタン」時代性を考えたら無理でしょう。イタリア映画、フランス配給だが、アメリカでの評価の高さは私も全く同感。原題「Tre piani」イタリア語で三階建て、日本のチャイルド・フィルムの邦題「鍵」分らなくも無いが、観客はスリラー的な先入観を持つので、ベターとは言えない。

ジャンルはローマ都市部で暮らす3組の家族を描く群像ドラマ。同じアパートに住むと言う共通点は有るが、各々の家族に強い結びつきは無い。どんな家族にも悩みが有ると言う意味で「鍵」、物語は原題通り3階層で展開。秀逸なのはイタリアらしい大様な眼差し、イタリア映画の根幹を成す「家族愛」の難しさを織り交ぜた、実にイタリアらしいコンフォータブル。70歳には見えない監督、本作もヴィットリオ役で出演。

ある夜、ローマの高級住宅地のアパートに車が衝突し女性が亡くなる。車を運転したのはアパートの3階に住む法曹界の息子アンドレア。2階の住人モニカは初めての出産を控えた妊婦で、夫が長期出張中の為、一人で病院に向かった。1階に住む夫婦は事故に依り、娘を朝まで向かいの老人に預ける、と言うイントロダクション。息子が起こした事故を巡り法曹界の夫婦は混乱。モニカは無事に出産したが、1人の子育てに不安が募る。1階の夫婦は娘を預けた老人が迷子に為った事で父親はセクハラしたと疑惑の目を向ける。秀逸なのは3つの鍵を因果関係と絡ませない事。

プロダクションで驚いたのは、此れまで監督は自身が演出する作品は全て脚本も書いた。しかし、本作にはオリジナルの原作が有る。イスラエルのEshkol Nevo の小説「Shalosh Qomot」。残念ながら日本での出版は無いが、中東文学に詳しい友人に依れば、原作はテルアビブを舞台に住民の内に秘めた秘密、感情の混乱や入り組んだ人間関係を、イスラエル社会と重ね浮き彫りにする。当初は「La Nostra Strada」私達の通り道、と言うタイトルで制作。しかし、人間関係をミルフィーユの様な三層に変更。小説の世界ではプリズム効果と言うが、監督の見事なタクト裁きと言える。

3家族は観客の想像を超え、私ですら予測不能な展開を迎えるが、其処は是非御自身の目で確かめて頂くとして、アメリカ映画なら3家族のストーリーが1つに収斂してテーマを浮かび上がらせるが、本作は更に5年後、10年後にドウ変化するか追って往く着想がスプレンディッド。原作は3つの中編で構成、同じ建物に住む人々の「ある1日」だけを描くが、独立した3つの小説を1つの映画に再構築。根底に有るのは「親の存在意義」。

「イタリアのWoody Allen」と言われる監督だが、キャストはイタリアを代表する実力派揃い、「ローマ法王の休日」Margherita Buy。国際的な映画で言えばレビュー済「9人の翻訳家 囚われたベストセラー」Riccardo Scamarcio、「幸福なラザロ」Alba Rohrwacher、「エマの瞳」Adriano Gianniniなど、イタリア映画好きにはタマらないキャストが揃う、勿論、監督も(笑)。厳密に言えば家族は「4組」、クレーマー気質の方は邦題を決めたチャイルド・フィルムに電凸するだろうが、一見幸せで平穏な家族も有る事(死亡事故)を境に潜めていた問題が噴出、家族関係も空転する。イタリアは吉永小百合が主演する様な時代に逆行した映画を未だに踏襲するが、だからこそ「ゴッドファーザー」誕生したのだろう。

友人に依れば原作と本作ではラストの描き方が違うらしく、本作のエンディングは家族が明るい兆しに向かい旅立つので、ネタバレですけど安心して観て欲しい。まぁ、原作の様な思いっ切りダークネスな家族も居るが。独立した小説3編をインクルージョンして、さつま揚げの様に練りに練った群像劇に仕上げた手腕は、感嘆を通り越して歓喜しかない。私はロシア文学が好きなのでFyodor Dostoyevsky「罪と罰」連想するが、ミステリアスな要素を絡める事で、本作は芸術性と娯楽性を見事にコンバインしてる。

「生みの親より育ての親」レトリックがアメリカやフランスで持て囃され、日本も周回遅れで血縁に拘らず共同生活する「家族」と言う単位の作品も増えた。「擬似家族」テーマにした作品がアカデミー作品賞候補に成る程のムーブメントだが、本作は血縁のある家族だけ。血の繋がりは古今東西問わず、親に対する子の甘えが問題の起点に為りがち。本作は「ゴッドファーザー」と違い血縁に対する断絶の描き方も現代風にアップデート。甘えの構図が一族郎党を惑わせるのは家系を大事にする日本も同じで或る。

一方、イタリア映画らしさも残っており物語は常に「父親」判断や行動で展開、「母親」は添え物の様に振り回す構図は不変。男性の価値観が優先され暗に女性の立ち位置を歪める演出。アメリカ映画なら審議が通らない展開が続くもお構いなし。ある家族は裁判の行方がキーパーソンに成るが、精神的な繋がりが切れた夫婦も「子供」接着剤として修復され生活が維持されるのは、日本人にはとても分かり易いセンテンス。女性から見れば、一番まともな男性は「あの人」と言うイタリアらしいスイートバジルのスパイスが効いてるオチも見逃さないで欲しい。

家の鍵は簡単に壊せるが、心の鍵は簡単に開けられない。鍵を握るのは貴方自身です。
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