TaiRa

ニトラム/NITRAMのTaiRaのレビュー・感想・評価

ニトラム/NITRAM(2021年製作の映画)
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動機不明の無差別殺人に対する仮説として、節度を保ちながら普遍性を提示している。ニトラムはどこにでもいると思えるから。

ケイレブ・ランドリー・ジョーンズの身体表現の説得力が大部分この作品を支えているので、カンヌで賞貰うのも分かる。映画の中心に剥き出しの生き物としてのニトラムが確かに存在している。1996年のオーストラリアで起きた無差別銃乱射事件「ポート・アーサー事件」の映画化ではあるが、事件そのもの映画化ではない。この点で『エレファント』などの諸作とは線引きされる。未だに犯人の動機もよく分かっていない事件であるため、あくまで仮説としてこの映画は提示される。親子の関係からニトラム本人の思考を推察するに留め、何が彼をそうさせたか、を見つめる。象徴的に対峙される母親とヘレンという存在。息子を社会化させようと抑圧する母親と社会の外側の存在としてのヘレン。ヘレンはニトラムが問題を抱えた人間であることを否定せずに受け入れる。社会の周縁に飛び出すことを否定せず、逆に盲目的に社会化された母親の虚無を否定する。母親と初めて顔を合わせたヘレンの眼差しは、言葉もなく多くを物語る。ニトラムが憧れる社会化された理想形としての男は、本当にしょうもない存在でしかない。社会が彼のような存在を救済すべき、などと欺瞞に囚われず、社会そのものが狂っていると相対化させるのは、こういった事件を描く上では大事なことかと。観賞後に映画で描かれない事件概要を調べたら、本当にデタラメな殺戮だった。
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