カルダモン

インフル病みのペトロフ家のカルダモンのレビュー・感想・評価

インフル病みのペトロフ家(2021年製作の映画)
4.7
冒頭から具合の悪いペトロフは幻覚を見ているのだが、虚と実の境目はあえて曖昧に表現されており、どこからどこまでが幻覚なのか常にアヤフヤなのが面白い。なんなら最初から最後まですべてが虚構なのでは?という思いが今この瞬間に湧いてきてなんだか楽しくなって、虚構こそ今現在のロシアだという思いにも至り。いやいや素晴らしかったです。

ソフトに病んでいて、妙にシャレた映像表現がことごとく尖っており、初見はストーリーがまったく頭に入ってこない(見返してもよく分からないがだんだんクセになる)中盤の約20分に及ぶワンカット映像であったり、幼少期の回想シーンは子供の背丈目線の主観で8㎜フィルム風になったり。あるいは風景だったものが描き割りになったりミニチュアになったり、同じワンカット内でも夕方から夜に時間が飛んだり。またカラーやモノクロの切り替わり、アニメーションの混入、極端な高度のカメラアングルなどが加わって物語の地味さに対して表現が突き抜けており退屈はしなかった。

一応1976年と2004年の時代設定らしいが、作中では具体的な説明はなかったような。病んでいる家族は旧ソ連とロシアのメタファーなのだろう。共産主義が終わり、無料で使えたトロリーバスは有料になり、ペトロフ家の常備薬は古すぎて使い物にならない。バスの客室乗務員は年老いたアーシアの姿だろうか。エンディング手前の漫画を描いているペトロフだけが唯一の現実であるように感じられた。

監督は『LETO』を制作した結果、国に拘束され自宅軟禁を命じられたキリル・セレブレンニコフ。軟禁中に本作を脚色し、人目を忍んだ夜間撮影で再び挑戦的な本作を作り上げたようです。性懲りもない感じが素晴らしい。現実社会を少し俯瞰して皮肉を込めるパンクスだね。演劇的で散文詩的な感じはレオスカラックスぽさを感じたりもして。
おそらくロシアにおける映倫的な機関に引っかからないようオブラートに包んだ仕上がりにしているので、比喩表現をいろいろ読み解いていくのは面白いだろうし、誰かの解説を聞きながら見てみたい。そのオブラートも薄くてしっかり透けて見える塩梅も素晴らしき。