ぶみ

コンパートメントNo.6のぶみのレビュー・感想・評価

コンパートメントNo.6(2021年製作の映画)
3.5
空回りするわたしを捨てて、列車に乗った。

ロサ・リクソムが上梓した同名小説を原案とした、ユホ・クオスマネン監督、セイディ・ハーラ、ユーリー・ボリソフ主演によるフィンランド、ロシア、エストニア、ドイツ製作のドラマ。
モスクワに留学中の主人公が、急遽一人旅をすることとなり、寝台列車で移動する姿を描く。
主人公となるフィンランド人学生ラウラをハーラ、列車の6号コンパートメントで乗り合わせることとなるロシア人リョーハをボリソフが演じているほか、ラウラの恋人役としてディナーラ・ドルカーロワが登場。
物語は、古代のペトログリフ(岩面彫刻)を見に行こうと恋人と約束したラウラがドタキャンされたことから、モスクワ発の寝台列車で世界最北端の駅、ロシアのムルマンスクへ一人向かう途中、リョーハと同室になる姿が描かれるが、スマホはおろか携帯電話もなく、通信手段は公衆電話で、カセット式のオーディオプレーヤーも登場しているため、明確には語られていないが、公式サイトにもあるように1990年代を舞台にしており、その雰囲気は抜群。
ラウラが乗る寝台列車は、コンパートメント=個室でありながら、相席になるという日本では考えられない設定となっているのが、本作品の鍵の一つ。
今では、定期運行の寝台列車と言えば、私のプロフィール画像でもある『サンライズ瀬戸・出雲』のみであり、一部の席を除き、基本一人用の個室のみという設定。
そのため、個室で相席というのは考えられないのだが、近いものとしたら、かつて日本全国を走っていたブルートレインの開放式B寝台あたりか。
そうなると、長時間ともにすることとなるため、偶然居合わせた人の当たり外れによって、その旅の良し悪しが大きく変わることとなるのだが、がさつなリョーハと一緒になった本作品のラウラのスタートは最悪なもの。
それが、同じ空間、同じ時間を過ごすにつれ、ラウラ、リョーハともにお互いの違う部分が見えてくるとともに、心を少しずつ通わせていく姿は、まさにロードムービーの醍醐味そのもの。
また、今や前述のサンライズを除き、日本では寝台列車は移動そのものを楽しむ観光列車という立ち位置になっているが、かつてのブルートレインや寝台急行がそうであったように、本来は長距離を移動するための手段。
本作品でも普通列車のようなしつらえとなっており、ぶっきらぼうながら仕事はちゃんとこなす女性車掌が良い味を出している。
加えて、寒々とした景色とは裏腹に、LEDではなく、白熱灯の暖色が光り輝く食堂車の暖かみ溢れる空気は、何物にも変え難いもの。
実際に列車を走らせてでの撮影だったとのことであるため、旅情感が素晴らしく、ときめくような出会いとは真逆のスタートから、決して広いとは言えない空間の下で繰り広げられる人間模様が解きほぐされていく様は、生々しくもあり、人間らしくもあるところであるとともに、観終わると、同じく長距離旅行に出かけた気分にさせられる一作。

死んだ町だ。
ぶみ

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