じゅ

フラッグ・デイ 父を想う日のじゅのネタバレレビュー・内容・結末

3.9

このレビューはネタバレを含みます

胸が痛えよショーン・ペン。『I am Sam』といいこれといいあんたの特殊な父親役は何故こうも的確に心を握りつぶしてくるのか。特殊な父親役だから?

ジョンが強盗して逮捕されてジェニファーが面会に来て、ジェンが本当のこと言えよ!ってブチ切れた時にジョンが言った「You can't walk in my shoes!」との台詞って、なんか高校の英語の授業に出てそう。俺は聞いたことなかったけど。まあそんなことはどーだっていい。
「おまえにはわからない」みたいな訳ついてたっけか。ググった結果の一覧だけささっと見たかんじ、「walk in ----'s shoes」って言ったら「----の立場を理解する」みたいな意味になるっぽい。へー。それは覚えとこ。


で、本作。自伝と思っとけばよいのかな。
原作『FLIM-FLAM MAN』のflim-flamは「でたらめ,たわごと,ごまかし,ぺてん」の意とのこと(weblio)。どう読んでも父ちゃんのことだな。自伝というより回顧録という方が正しい?

ジェニファー・ヴォーゲルは父ジョン、母パティ、弟ニックと農場の家で暮らしていた。ジョンは無謀な事業で借金を膨らませながらも子供たちを楽しませることに関しては本当に天才的で、姉弟はそんな父に懐いていた。やがて父は単身家を出て、家には借金と気が滅入った母が残った。母との生活に嫌気が差したジェニファーもニックと共に家を出て、父の下で暮らし始めた。楽しい生活も束の間、またもや借金で首が回らなくなったジョンに、ジェニファーとニックはパティの下へ返された。
高校生になった頃には母は別の男と再婚していた。姉弟共に新しい父の事は嫌っていたが、アルコール依存症の父がある夜ジェニファーに覆いかぶさってきた上に母がそのことを咎めなかったことが決定的な出来事になり、ジェニファーは独り家を出て再びジョンと暮らし始めた。やはり苦しい生き方をしていたジョンと共に地道な仕事を始めたが、ジョンは強盗に手を染めて逮捕された。この期に及んで正当化を繰り返す父にジェニファーは反発するも、彼の口から出るのは保身の言葉ばかりだった。
懲役15年をくらった父と過ごした家を後にし、母と弟に再会してから単身ミネアポリスへ。「重要な人間になりたい」とのド直球な動機と卓越した才能を思わせる模擬の記事を手にミネソタ大学へ入学し、ジャーナリズムを学んだ。
卒業後、記者として活躍するジェニファーの前に出所したジョンが現れた。ジョンは1年ちょっと前に出所してからは小さな印刷会社を経営しているとのことだった。ジェニファーは幼少期を過ごした湖畔の家へジョンから誘われ、悩んだ末に誘いに乗った。ボートの上で父が語るには、娘のために何ができるか刑務所の中で必死に考えたとのこと。そんな父の口から出たのは、ジャガーの高級車をジェニファーのために買うという提案だった。呆れ返ったジェニファーはそのまま帰ってジョンの連絡も無視するようになった。そんなある日、取材のために入ったレストランのテレビに緊急速報が流れた。贋札を製造・流通させた男が捕まって裁判の直前で逃げ出して警察とカーチェイスをしているとのこと。男の名はジョン・ヴォーゲル。他でもない父だった。ライフルで撃たれて横転した車から拳銃を持った父が這い出てくる。銃を構える警官隊の前で、父は自らの頭を撃ち抜いた。

ジェニファーは取り調べに呼ばれた。事の顛末を聞き、父が2200万ドル分の精巧な贋札を印刷して500万ドル分を流通させていたことは初めて知った。
父が作った贋札は、美しかった。


このジョン・ヴォーゲルを見てるとなぜこうも胸が痛むのか。あり得る俺の将来の内、幸せとは言えないコースの1つだったからとかだろうか。
ジョンってなんというか、言ってみれば"もうそんなことでしかプライドを保てないおっちゃん"だったと思う。"そんなこと"ってつまり、自分を大きく見せたいというか大きくありたいがための小さな小さな見栄というか。ジェニファーの前では、成功したビジネスマンでなんとかって会社の人事部長で副業で作ったジーンズ伸ばし器も売れに売れてて強盗で捕まったのには真っ当な事情があって出所後は上手いことやってて娘にジャガーのなんたらを買ってやれる父親でありたかった。でもそうじゃない。そうじゃない上にジェニファーはみるみる大きく立派になっていった。小さかった娘の成長は嬉しく愛おしい一方で、自分より重要な人間になっていくのが怖くて悔しくてとにかく認めたくなくて堪らなかった。(個人の印象)
ジョンは"そんなこと"が膨らんで膨らんで巡りに巡って強盗だの贋札だのやってカーチェイスの末に死んだっていうすっごい特殊な例だけど、"そんなこと"自体はすぐ近くにいくらでも転がってると思う。電車で足を着く領土を無駄に広げようとするとか、道を歩けば絶対他人に道を譲らせるとか、そんなほんの小さいこと。そんなほんの小さいことでしか存在を示せなくて、赤の他人の無言の善意に寄生して薄〜い満足を啜る。自分より劣っていそうな(劣っていてほしい)者に、何らかの形で自分を尊重してもらって、ひとときの安心を得る。でも、誰のせいでもなく長い時間をかけて削られた自尊心はもう修復できない。
"そんなこと"の根っこと、このジョンを惨めな見栄っ張りの言動に走らせたことの根っことには、同じものがあると想像してる。

胸が痛むのは、たぶん俺も行く道だから。俺にもジョンになり得た機会はいくらでもあったはず。例えばいつかの入試とか就活とかだめだったら俺は今頃どうなってただろう。クソほど優秀な同期に囲まれてる今から地続きの将来ではどうなってるだろう。どこにでも潜んでていつも付け狙っている劣等感の化け物から逃げ切れることなんてあるだろうか。
ジョンと、あと将来の俺に冥福を。


死に方は幾千通りもあるが死に方はその人の生き方を反映する、みたいなことを冒頭でジェニファーが言ってた。父の死に方は暴力的で壮絶だったと。
ジョン自身が暴力的だったと言ってるわけではないはず。ジェニファーの幼少期のジョンなんてむしろその対極。普通の日常を驚きに溢れたものに変えてくれたとかなんとか。
ジョン自身が暴力に付き纏われてた。それも自分のやらかしで招いた暴力に。いつか家の前に4人の男が押しかけてきて父が血まみれで戻ってきたことなんて(直後に弟がすっ転んで顔を怪我したことも相まって)当時幼かったジェニファーの記憶に鮮明に残ってるみたいだし、高校生の頃に再開した父は関わってはいけないタイプの人物から金を借りてしまったとの旨のことを言って辺りをしきりに気にしていた。いつだって自分の無謀な行いによる因果の応報を暴力の形で受けていた。
そんなことを思うと、贋札づくりとか裁判直前の逃亡の因果の応報が警官隊の銃口から返ってきたのはたしかに彼の生き方の反映だったのかな。


そんなジョンは最期の最期、自由を手に入れたんだと。なんか複雑なこと言ってたけど、それは元からその手の自由を持ってる人間には解らんような自由だ的なこと言ってたっけか。そしてその自由はジェニファーも得たみたいな。
「重要な人間でありたい」が故の、正直に生きることすらままならなくなる心のしがらみからの解放ってことなんだろうか。
まあそんなん死ねば自由だ。「死ねば」とかそういう話なのか知らんけど。重要な人間でありたいが故の心のしがらみという話なら、ジェニファーは死なずして勝ち取ったのな。あっぱれ。

重要な人間というのについて、ジョンは「ありたい」で、ジェニファーは「なりたい」っていう違いがあったと思う。
ジョンは、彼の母が言うには星条旗制定記念日(フラッグデイ)と誕生日が重なったために自分が重視されているように思うようになったとかなんとか。どういうこと?ってかんじだけど、なんにせよ自分がでかい人間だっていう思い込みが幼少期から勝手に刷り込まれて定着してて、大人になってからの環境がそんな錯覚を剥がしにかかってきても尚剥がれなかったわけだ。
ジェニファーは、ミネソタ大学の学長?殿に言った通りか。父親の嘘に振り回されて辟易してたっぽかったから嘘を引っぺがすようなことをしたかったのかなーと想像してたけど、ジェニファー自身が提出した書類が嘘まみれだったしどの口がって話になるな。そもそもジョンの嘘に振り回される前に彼に「ジャーナリズムに関心がある」みたいなこと言ってたし。学長に書類の嘘を暴かれた上で入学の動機を問われて「重要な人間になりたい」とまっすぐ言ったところはまじで痺れた。


まあ、父ちゃんが実は犯罪者でパトカーの群れとヘリに追っかけ回された末に生中継のカメラの前で自殺したらたぶん俺でも泣く。
じゅ

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