幽斎

フラッグ・デイ 父を想う日の幽斎のレビュー・感想・評価

4.2
レビュー済「博士と狂人」ハリウッドの才能ある風雲児Sean Pennが、初めて監督と主演を兼ねる注目作。娘Dylan Pennとの初共演も話題。実際に起こった事件をベースに見捨てる事が出来ない娘の愛と葛藤を描き出す。MOVIX京都で鑑賞。

原題「Flag Day」6月14日アメリカ国旗制定記念日。Harry S. Truman大統領が星条旗をアメリカ国旗と制定。毎年大統領がフラッグ・デイを宣言、国民が自宅やオフィスの外に星条旗を掲げる事を奨励。この日に生まれた父ジョンは、自分は生まれながらにして祝福されてると感じ、特別な存在として成功する当然の権利が有ると信じた。此の日は祝日だが「休日」では無い。本作を正しく咀嚼された方は、その意味も分かるだろう。

Sean Pennの来歴は正に波乱万丈、父親Leo Pennは俳優としても監督としても高い評価を得た人物で「大草原の小さな家」子役としてSeanも俳優デビュー。私的にはミステリー・ドラマの金字塔「刑事コロンボ」別れのワイン、シリーズ最高傑作の呼び声も高く、彼もその血は確実に受け継いでる。世界3大映画祭「ヴェネツィア、カンヌ、ベルリン」主演男優賞をコンプリート、更にオスカー主演男優賞で四冠。もう演じ手ではなく、審査する側の立場。スキャンダラスな彼はMadonna、Robin Wright、Charlize Theron、最新の妻はLeila George当時29歳、今の彼は62歳だが僅か一年で結婚生活は破綻。

素晴らしい才能の持ち主だが問題は「人望の無さ」。酒癖の悪さはハリウッドの悪童と忌み嫌われ、人格が変わると手が付けられず、積極的に起用するプロデューサーは少ない。自らスポンサーを集めて製作する器用さも無くレビュー済「博士と狂人」もMel Gibsonから直接オファーが来た。スイッチの入った彼の演技が素晴らしい事は私が言うまでも無い。娘Dylanの母親は説明が必要だろうがRobin Wright、どうりで良く似てるわ(笑)。

原作者で主人公はジャーナリストのJennifer Vogel著「Flim-Flam Man: A True Family History」2004年出版の自叙伝。flimflamはアメリカ英語で出鱈目、嘘八百、ペテン師。回顧録で面白そうなので調べたけど日本では出版が見当たらない。洋書なら有るので買おうとしたが、事件に詳しい友人が映画を観れば十分と言うので止めた(笑)。
www.amazon.co.jp/Flim-Flam-Man-True-Family-History/dp/0743217071/ref=tmm_hrd_swatch_0?_encoding=UTF8&qid=&sr=

本作はPennが15年の歳月を掛けて完成。と言えば聞こえは良いが実際は紆余曲折のオンパレードで、原作の権利を買った経緯は定かで無いが、出演した「21グラム」Alejandro González Iñárritu監督に本作の依頼したが色よい返事が貰えなかった。主演も初めはMatt Damonを念頭に脚本を書いたが、彼から直接「この本は貴方が演じた方が良い」逆に勧められた。監督が見つからず、悪戯に月日が流れて行く彼を不憫に思ったIñárritu監督は代表作「バベル」菊地凛子も参加した傑作をプロデュースしたJon Kilikに「頼むから彼の面倒を見てくれないか」声を掛けた。

自主制作を免れたPennだが、流石の神通力と言うべきか、カンヌ映画祭コンペティション部門出品を勝ち取る。限られた予算でもJosh Brolin、Eddie Marsan、James Russoと渋い実力派が顔を揃えたのは監督の名声が衰えて無い証拠。だが、娘役に作品の流れから言って適任のDylanが共演に首を縦に振らず、一時は制作頓挫の危機に陥る。まあ、物語の中身が父親は大嘘つきで、借金をして妻や子供を残して別の女と逃げ出す。寂しくなれば娘を自分の元へ呼ぶ。強盗して逮捕され10年余り服役、挙げ句の果てに偽札造りで逃亡の果てに自殺。自殺を除けばPennソックリ(笑)。兄弟Hopper Pennも出演と正に家族総出で父親(監督)を支える。

私は監督の演出家しての力量は随分前にJack Nicholson主演の秀作スリラー「プレッジ」既に見届けてるので、本作のファーストとラストシーン以外は全て回想と言う展開は実際に有った事件を描くには最適化された演出と思うし、撮影を担当したイケメンDanny Moderは「瞳の奥の秘密」リメイクした「シークレット・アイズ」も手掛けた一流の腕前を本作でも惜しみなく披露。因みに嫁はハリウッド・スターJulia Roberts(笑)。編集も凝りに凝って、画角を変えたり画質を転調したり動画で無く静止画にしたりと、技巧を凝らした工夫が冴え渡るが、コレも父親(監督)の映し鏡にも見えた。

エキセントリックな演出は、そのまま監督の激動の半生とも言え、鬱陶しい人生を過ごした映画の主人公と自分の姿もシンクロナイズ。何処までが事件の話で、何処から社会に適応できない監督の問はず語りか、境界線も曖昧だが一貫してるのは父親(監督)をカッコよく描こうと言う気がサラサラ無い。印象的な髪型もそうですが、情けなく見える様に意図的にした事で「弱さ」隠そうとしない。父親(監督)は良い父親では無かった、俺はカッコ良くないんだと言う一種のラブレターにも見えた。62歳、遺言にはまだ早い。

私はPennがハリウッドのコマーシャリズムに馴染めず、ビジネスに適合出来ない自分の性格を鑑み、同じ様に社会から拒絶された弱い人間の「疎外感」に共感。一方で長いモノに巻かれる事勿れ主義、他人を肯定して平凡に生きる事に疑問を持つ探求心が、俳優として監督として常にブレずに演じ、映してきた。監督の代表作「イントゥ・ザ・ワイルド」弱い者に手を差し伸べるテーマは何も変わって無い。

原題Flag Day、つまり「the Stars and Stripes」日本で言う星条旗を捉えた価値観が人種や信仰や価値観で国民各々の持つ意味が異なるから「休日」ではない。スターズ・アンド・ストライプスの意味とは「自由」本作のテーマ。監督は分断されたアメリカを憂い自由の持つ本当の意味を厳しく問う。正直、本作のアメリカの評価は低い。だが、ソレは問う自由が「国民の喉元に突き付けられた刃」感じたから。本作を「ペン家のホームビデオ」に見えた貴方はレールから脱線した事のない幸せな人生を送って居るのだろう。

正しい者だけでなく不完全な人間への愛情賛歌。本作は自由に対する真実の物語。
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