Hiroki

ベルイマン島にてのHirokiのレビュー・感想・評価

ベルイマン島にて(2021年製作の映画)
4.0
公開劇場数がめちゃくちゃ少ないので、夜に少し離れた映画館に行ったらなんと貸し切り!
だいぶ経っても誰も来る気配がなかったので、マスクを外してみました。
久しぶりにマスクをしない映画館。
空気をたくさん吸い込んであの匂いを嗅ぎながら観る映画は何年ぶりなのだろう。
何か少し悪い事をしているような感覚もあり、妙にソワソワ。ウキウキ。

今作はミア・ハンセン=ラブの新作で昨年のカンヌコンペ作品。
名匠イングマール・ベルイマンが晩年過ごしたスウェーデンのフォーレ島(ベルイマン島)が舞台。
彼女の作風は非常に独特で自分の身近な人物に起きた事をモチーフにして映画を作る。
彼女の言葉を借りると「その人物がそーさせている」というイメージらしい。
とてもスピリチュアルで内向的な手法。
その文脈だと今作品はイングマール・ベルイマンが作らせたという事になるのか。
物語自体もベルイマン島にて創作活動をする映画監督カップルのお話で、これはミア・ハンセン=ラブと以前パートナーだったオリヴィエ・アサイヤスを投影している。
(ちなみにこの映画館監督カップルが利用するクリエイターのためのプログラムは実在していて、ベルイマン財団が実際に管理/運営している。彼女も何度もこのプログラムを使ってこの島で創作活動をしていた。)

個人的に彼女の作る映画が好きだという贔屓目もあるかもしれないが、とても良い作品だった。
まずクリエイターが実際の生活の中でどのように考えて創造的な過程が広がっていくのかを、そのまま丸ごと映画にしたような興味深さがある。
序盤に語られる「ベルイマンは偉大な芸術家だったけど良い家庭人ではなかった」という会話。
クリエイターが常に直面する“生活と創作”の狭間のジレンマ。

物語は後半、主人公クリス(ヴィッキー・クリープス)の書いた映画の脚本の中に入り込んでいく。映画の主人公エイミー(ミア・ワシコウスカ)は母親として後輩クリエイターとして生活するクリスとは違って自由奔放に生きている。それはクリスが生きれなかったもう一つの人生。
そしてこの劇中劇と現実世界が入り混じる終盤こそがこの物語の真骨頂。
だって現実と脚本、自分と主人公、役者と登場人物が混在する世界こそがクリエイターの紛れもない真実だから。どんな人間でもどちらかの世界だけでは生きてゆけない。
そーいうクリエイターが抱える想像の世界をまさに映画という媒体を介して私たちに見せてくれているような。
そしてベルイマンの島という映画人にとって特別な島がまた今作品に魔法をかける。
その美しい大自然とそこで暮らす人々の生活(それはベルイマンの魔法とは一切関係のない実際の生活)のコントラスト。
この島自体がまるでこの映画のドキュメントのような感じがした。

映画音楽を使わないミア・ハンセン=ラブらしい音楽もまた素敵。
あそこでスウェーデンのスターABBAの『The Winner Takes It All』を恥ずかしげもなくかけられる所がこの人の凄い所な気がする…

まー全体を通してイングマール・ベルイマンの事を知らないとかなり厳しいかなー。
ミア・ハンセン=ラブも出演しているドキュメンタリー映画『イングマール・ベルイマンを探して』を観てからだと良いかも。
しかし劇中でも指摘されていたベルイマンのめちゃくちゃ暗い映画群と違って、どこまでも青い空と青い海が突き抜けていくような清々しい映画だった。

2022-39
Hiroki

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