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ナターシャのdm10foreverのレビュー・感想・評価

ナターシャ(2012年製作の映画)
3.6
【彷徨う心】

HOPPY HAPPY THEATERにて鑑賞のベルギー発ショートアニメ。
まるで絵本から切り抜いたかのようなタッチの絵と、終始漂うもの寂しげな雰囲気が独特の世界観を作り出している作品。
でも、内容的には結構風刺が効いた大人のお話。

これってEU(欧州連合、欧州共同体とも言う)という、ちょっと日本人が理解するには中々難しいテーマを含んだ作品ですね。
もちろん、EU自体がどんなものかは分かっているけど、実際にEU加盟国の人々が置かれている様々な状況、問題、あるいは無理やり一つにまとめようとした歪が個人個人に与えた心理的、経済的な影響とかって、きっとどれだけ文献を読み漁っても完全に理解することは出来ないんだと思う。
何故なら「当事者じゃないから」。

そもそも「国境線」という概念がピンと来ない日本人に「この線を跨ぐにはパスポートがいりますよ」っていう感覚は中々わからないよね。江戸時代くらいまで遡れば別だけど・・・。

でも、ヨーロッパではそれが普通だった。
この線の向こうには別の国があって別の法律があって、別の経済がある。
貨幣の価値も違えば宗教的な価値観も違う。
そういった国々を政治的な判断で「共同体」にしてしまうって、今でも凄いことだなって思うよ。
それこそ、第二次大戦後40年に渡って西と東に分断されていたドイツが統一されたとき、華やかに喜ぶ市民たちの映像の裏で、深刻な経済格差が統一後の国家財政に大打撃を与えて、一時期ドイツが不況に喘いだのは有名な話。そのせいで統一に不満を持った一部勢力がネオナチを復活させて騒ぎ出したり・・。

まぁ、このお話しは決してそういう政治色の強い内容でもないし物騒なお話しでもない。
ただ「生きることに不器用な一人の男(白くま)」のお話。

――白くまのニコライは、愛する妻ナターシャのため西側で市民権を得ようと単身ロシアを飛び出す。
しかし、ロシアからやってきたニコライは西側から見れば「不法移民」。
ロシアが西側と統合でもすれば市民権ももらえるかもしれないけど・・・・・それはないな。

結局、市民権を持たない彼は「動物」として動物園で働くことしか出来ないまま、時間だけが過ぎていった・・・。
前にも後にも進めない「その日暮らし」。
やがて、ひょんなことからナターシャが別の男と再婚したことを知るニコライ。

忘れたくても忘れられない最高の尻軽女「ナターシャ」・・・。

かつて、ここに来る前(動物として扱われる前)は音楽家だったニコライ。
彼は張り裂けそうな胸の想いをピアノに乗せ、最高のメロディを奏でる。
すると運命のいたずらか、そこに現れたのはナターシャだった・・・っていうお話。


これね・・・書き方を選ぶというか、言葉を選ぶというか・・・。
結局こういう人が多かったと思うんですね。
それこそ「水が高いところから低いところに流れる」ように、人間だって「自由で豊かな場所」があればたとえ危険があったとしてもきっとそこを目指すんだと思う。
・・・でも、「成功」という結果が伴う人はその中のほんの一握りという現実。
恐らく多くの人が「進路」も「退路」も絶たれたまま、かといって「市民権」という人としての扱いすらも手に入れられないまま、当てもなく彷徨ったのではないだろうか。

だから、ニコライが特別不遇だったわけじゃなく、こういう人が周りにはたくさんいたんだよ・・・っていう表現が「動物園」だったんだと思う。
そこにちゃんといるのに「市民権がない」というだけで公的扶助などが受けられないなど人として扱ってもらえない人々。

元音楽家、元教師、元エンジニア・・・ステイタスは関係ない。
どんなに知的水準が高い人だとしても「成功」というゴールに辿り着けなかったものは「動物園」に吹き溜まる。

絵のタッチがコミカル(雰囲気的にはRedBullのCMみたいな感じ)で見た目にはそこまで深いものには感じないのに、作品を観終わった後の余韻がちょっぴりほろ苦い。

あのクライマックスの後、ニコライは幸せになれたのだろうか・・・。
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