すかちん

彼女の仕事のすかちんのレビュー・感想・評価

彼女の仕事(2018年製作の映画)
3.5
国立映画アーカイブの<EUフィルムデイズ2022>より。ギリシャ映画(フランス、セルビア合作)。

資本主義と労働、家族、男性中心の社会、物質消費、生きる歓び等をめぐる物語(スケッチ)で、ケン・ローチの『家族を想うとき』、ダルデンヌ兄弟の『サンドラの週末』、あるいは成瀬巳喜男の『めし』などをも思い出させる主題。それら先行作に比べればやや平凡な、ストレートなストーリー運びではあるけれども、しみじみと心に残る良作だ。「告発」の度合いはさほど強くなく、「自立」を訴えるわけでもない。

冒頭、失業者が増え経済が破綻しつつあるギリシャの国情を伝えるラジオのニュースが流れる。夫のコスタは求人誌で仕事を探し、妻のパナイオタは淡々と家事をかたづけてゆく。掃除機のバキュームの音、ソファの下のごみの粒。長女は反抗期で悪態をつき、下の長男はおとなしいが学校でしばしば問題を起こして母親は呼び出される。茫然と煙草を吸い、嘆き合うわけでもなく時をやり過ごす夫婦。星占いのページをたどたどしくなぞり読むパナイオタのショットで、彼女が満足に文字を読めないことが暗示される。

彼女が新しくできたショッピング・モールで清掃員の仕事を得るあたりから物語にドライブがかかる。清掃車の運転に難渋しつつ徐々に習熟し、同僚たちとも打ち解け、ATMを初めて使って給料を引き出す。仲良くなった先輩のマリアから運転のコツを教わり、ぐるぐるぐるぐると大きく車を回してゆくうちに、終始うつむき加減で引っ込み思案のパナイオタの顔に笑みが兆す。いやいやながら送り迎えをしていた夫が家事を少しずつしてくれるようになり、娘は英語の勉強をしながら料理をするようになる。残業に次ぐ残業もいとわずに受け、真っ赤なドレスを試着してほのかに歓ぶ(買ったかどうかは不明)。

けれども。
けれども…。

非正規雇用の清掃員たち(すべて女性で、セルビア人やアフリカ・ルーツの人もいる)が休憩室でレンベーティカ(ギリシャ歌謡)を聞き皆で口ずさむ場面にはうるっとした。ヨルゴス・ダラーラスやハリス・アレクシーウのレンベーティカを私は好んで聞く。温もりと嘆きに満ちた古めかしい歌謡曲(日本でいえば昭和歌謡である)は彼女たちの間にかすかな一体感を生むが、巨大な資本主義経済社会はそんなちっぽけな絆など歯牙にもかけない。

ハッピー・エンディングでもなければバッド・エンドでもないが、後味は良かった。『家族を想うとき』にも似て、ぶった切られるように映画は終わる。パナイオタに、そして彼女の夫、娘、息子、同僚や元同僚たちに明日はあるのか。さしあたりの回答でお茶を濁すようなことはなく、観る者は放り出されて自分で物語の続きを考えざるを得なくなる。映画は社会の現実を残酷なまでに見せた。映画館を一歩出たとたんに現実の社会にわれわれは対峙し、観客から出演者になる。映画は続いているのである。

ショッピング・モールの床一面の真っ赤なカーペットに延々とバキューム・クリーナーをかけ続ける姿を真上から撮ったショット。交差するエスカレーターに乗るパナイオタを引きで写すと、後ろに無数のビデオ・メッセージ広告が「うるさくもチープに」流れてゆく。モールの前を自動車群が左に右に走り抜けてゆく郊外の殺風景。ハッとするショットがいくつもあった。ケレン味のない物語、ではあるけれども、それを忘れえぬ「映画」として刻み込んでくれるのはそんなショットのおかげかと思う。
すかちん

すかちん