シシオリシンシ

アリスとテレスのまぼろし工場のシシオリシンシのネタバレレビュー・内容・結末

4.3

このレビューはネタバレを含みます

本作は岡田麿里という作家の持つイメージを純度100%でアウトプットした映画であるため好き嫌いは分かれる作品になると思われるが、私は良い方向に刺さった映画になった。

現実世界から隔絶された工場町が少女の恋の目覚めによって崩壊へと揺らぐという世界観はかなり岡田麿里的。ともすればセカイ系的な語り口になり物語の収集がつかなくなりそうなところを主人公たちの全世界=地元の町としたことで非常に収まりの良いミクロなセカイ系ドラマに着地していたのは見事。

人物の吐息や熱や鼓動までも感じるように錯覚させられる熱量のこもった艶かしい作画と声優陣の生っぽさと青さを表現しきった演技には終始圧倒させられた。
変化を禁じられた世界で思春期の少年少女たちが抱える情動とその爆発を丹念に丹念に描いていて、この執拗なまでの心の動きの丁寧さは岡田麿里節がダイレクトに感じられて非常に良かった。

ただプロットがちょっと複雑かつ登場人物のクセがかなり強いため全体のまとまりに精細を欠いたと思われるシーンがいくつか見られたのは少し気になった点。

しかし私としては主人公たち三人の結末がかなり刺さってしまったので大幅に加点した次第。

睦美は未来がない代わりに正宗との恋を得て、五美は初恋と大事な人を失う代わりに未来を得るという残酷なまでにフェアで美しく切ない恋の収束点。
五美の母である睦美の″女″としての勝利宣言。しかしこの言葉の裏には母としての睦美と14才の少女としての睦美の感情のレイヤーが幾重にも重なっており、五美に対しての言葉以上の複雑な愛憎をこの一瞬で表現している。睦美の人間の綺麗さと汚さを呑み込んだような五美への台詞に、私は理屈抜きの形容しがたいドロッとした感情が渦巻き、心がメチャクチャになってしまった。

作家性がバチバチに尖っているので、観る人を選ぶ映画ではあるが、私のように刺さる人には深く刺さる映画。

未来がなくったって変われるし成長できるし恋だってしていける。″今″しかない残酷なセカイでも生きることを選んだ睦美と正宗、そして町の人々の姿に、強く背中を押されたような気がした、そんな観賞後感。
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