Hiroki

The Son/息子のHirokiのレビュー・感想・評価

The Son/息子(2022年製作の映画)
4.0
“現代フランスで最も魅力的な文学的才能の持ち主のひとり”と名高い劇作家のフローリアン・ゼネールの戯曲を、自身で監督/脚本を手掛け映画にした作品。
名作だった前作『ファーザー』に続く家族3部作の2作目。
2022ヴェネツィアのコンペ作品。

出演が前回から引き続きのアンソニー・ホプキンスでメインとなる息子役にヒュー・ジャックマン。さらに共演にローラ・ダーンとヴァネッサ・カービー。
そして音楽監督にハンス・ジマーと、これはもー映画ファンなら必見のやつです!

全世界で約360万ドル(約5億円)と興収的にはあれですが、そーいう映画ではないので。
(なんだそーいう映画じゃないって...)

まず初めに前作でオスカーを獲ったアンソニー・ホプキンスは1シークエンスしか出てきません。
基本はピーター(ヒュー・ジャックマン)と前妻のケイト(ローラ・ダーン)とその間に生まれた息子ニコラス(ゼン・マクグラス)、そして現妻のベス(ヴァネッサ・カービー)の物語。
というかほぼそれしかキャストが出てこない。戯曲からの映画化ならでは。

思うと前作『ファーザー』の凄さって認知症の主人公を追体験させるような時間軸をバラバラにした演出だった。戯曲ではなく映像でしかできない表現を追求していたし、そこにアンソニー・ホプキンスのキャリアをも伏線にするような演技が追加される。
想像を超える映画体験。
娘(オリヴィア・コールマン)から見た父親=The Fatherが主役だった。

それに対して今作は、父親から見た息子=The Sonが主役なのではなく、主役は明らかに父親だった。
ここがかなり論点というか、息子が主役で彼の視点なら前作同様の鬱病と診断された人間の頭の中を映像にする試みができたはず。
彼の中にいつも曇天のようにこびりつくモヤモヤや、自傷行為によって一瞬だけ晴れるといった笑顔や、絶対にやり直してみせると泣いて両親に懇願していた感情をもしも映像で表現できていたら、今作は間違いなく前作を超える傑作になっていただろう。
フローリアン・ゼレールがそれを考えないはずがないので、新たな試みをしたかったのか?それともそーいう映像が撮れなそうだったのか?
ぜひ戯曲の方も観てみたい。

まーただそれは置いておいても良作だとは思う。
終盤の今まで積み上げてきた積み木を一瞬でガッシャーンと壊し、端の方に僅かに小さく積み上がっていた残りの積み木を見つけて、またガッシャーンと壊してしまう展開はまさにゼレール。

「愛は力不足だ。」
と精神科医は両親に言い放つ。
この物語の結果はその通りになってしまったが、本当にそうなのだろうか?
私はこの両親に足りなかったのは覚悟だったんだと思う。
家族も、仕事も、友達も、世間体も、プライドもすべての他のモノを投げ捨ててでも息子と向き合う覚悟。
なんで仕事なんて全部投げ出して裕福そうな父親に「息子と一緒にいるべきだからお金を援助してくれ」と頭を下げなかったのか?
なんで「学校なんて行かなくてもいいよ」って一度でも言ってあげなかったのか?
彼ら(特に父親なので彼ら)は重要な決断をしているようで、実は何もしていない。
大きな仕事を断る事も、現妻と息子が一緒に住む事も、現妻の実家について行かない事も、息子にとっては重要な事ではないから。
それは父親にとって重要なだけ。
「なぜわかってくれないんだ」と高校生の息子に激昂して突き飛ばす父親は、まるで身体の大きな子供のようだった。
そしてたまに挿入される幸せな瞬間。
ダンスを教えるシーン。
シリアルを投げ合うシーン。
こーいうシーンがボディブローのように効いてくる...
おそらく全てを意図して書いているゼレールの脚本はやはり恐ろしい。
恐ろしいけど、でもとてつもなく魅力的に感じてしまう。

キャストは最高級の集合体。
1シークエンスで自分と息子の関係性を全て暗示するアンソニー・ホプキンスは化け物。
自分が1番正しくないのに正しさを振りかざしてそれが真実なのだと思い込んでいるかのような父親役のヒュー・ジャックマンもピッタリ。
ローラ・ダーンとやり合うヴァネッサ・カーヴィーも強くそして優しい。
鬱病で自傷癖がある繊細な役を上手く乗りこなしたゼン・マクグラスも及第点。

さて次回の家族3部作最終章はおそらく戯曲として既に発表している『La Mère (The Mother)』だと思われる。
実はこの戯曲は『 Le Père (The Father)』や今作の元になっている『Le Fils (The Son)』よりも昔の2010年に発表している。まーつまりこの『La Mère (The Mother)』こそが3部作で最初の作品。
どんな作品になるのか今から楽しみ!

2023-67
Hiroki

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