ろく

劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM [後編] 僕は君を愛してるのろくのレビュー・感想・評価

5.0
子どもは親を選べない。

この物語の登場人物はみんな「親」が問題なんだ。虐待だったりネグレクトだったり、あるいは犯罪者やサイコパス。子供は親を選べない。そんな親を子供は「受け入れる」しかない。

これって実は親がメタファーとして使われているけど、僕らの問題でもあるんだ。僕らは「先達」を選ぶことが出来ない。そんな中でイクニはこの失われた30年を語る。その間、日本はどうなったか。経済成長は進まず、貧困率は増加する(貧困家庭は実に7人に一人だ)。分断は進み、金持ちは自分の財を維持することに必死(そしてそれをサポートするかのような政治家たち)。そしてその中でどうやって生きていくのか、これはイクニが語る「生存戦略」なんだよ。

そしてイクニは冠馬(そしてサネトシ)の生き方を(冷静に、いたって冷静に)否定する。そこにあるのはジョーカー的な(あるいは無敵の人的な)生き方だ。それはあってはならない。イクニはその生き方でない生き方を提示するんだ。

それは至って簡単。キリストなんだ。汝の隣人を愛せよ。そして正しく生きろ。メッセージとしてこほど真っ当なメッセージはない。でもそれだけが(たぶん)うまくいく生き方なんだろう。少なくともイクニはそう信じている。そしてそれを実行すべきだと思っている。だからこの物語は至ってストレートな展開を迎える。その「真っ当」が持っているパワーこそピングドラムかもしれない。

禅は「悟り」を開くのがゴールだと言われるが実はそうではないらしい(浅学ですまないが)。大事なのは悟りを開いた状態で毎日を生きること。それはこの物語もそうだ。「ピングドラム」とは何のメタファーだろうか。ペンギンとドラムの造語であろう。ペンギンは?彼は鳥なのに飛べない。そう、僕らは何か「不便なこと」があるんだ。親だったり財産だったり障害だったり(この物語では犯罪者の子供というスティグマを持つ)。でもペンギンはそのことにくじけない。むしろ前を向いて軽々と海を泳ぐ。ドラムとは。ドラムは回転する。また別の人生になるかもしれない。死んでもそれで終わりではない。輪廻がある。そう、まさに人生は「輪る」んだ。僕らはそう信じて今だけでなくいつまでも「正しく」生きていかなければいけない。このド直球のメッセージに僕は心を動かされる。イクニならではの若者へのメッセージだったのではないかと思う。

途中流れる歌謡曲(トリプルH)の真っ当さ。それは愛とか友情とかを心から「肯定する」ものだ。そこに気恥ずかしさはない。あるのは「愛」への道程だけだ。その誠実さに僕は泣く。

0年代から20年代までを駆け抜けた物語は「今を生きろ」、そう臆面もなく語りかける。僕はその臆面のなさが嫌いではない。むしろ好きだ。

※出てくるキャラでは真砂子が一番好きだ。自分の信じることをしっかりとやろうとして矜持と誇りだけで生きていく彼女が大好きだ。今作では少し、真砂子が活躍しなかったのが残念。24話ある物語をカットしなければいけないのでそれは致し方ないところだが。

※この評価はアニメ版も込みでの評価である。そして10年という「時の流れ」に対しての評価であることも付け加えさせていただく。この映画だけは最初「映画」を見ないでアニメ版から見てほしい。それは一番納得いく。

※生存戦略のシーンが大好きだ。あの急に異化効果を行うシーンがあるだけで心の乗ってしまう(映画版では少し少なかったのが何とも残念)「Rock Over Japan」を聴くだけで体が縦に揺れる。原点のARBも好きだけど、トリプルHの軽薄な歌声に何度卒倒しそうになったか。ラストのやくしまるえつこの曲と一緒にぜひ聞いてほしい。
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