真一

流浪の月の真一のレビュー・感想・評価

流浪の月(2022年製作の映画)
4.6
 人は誰でも「差別なんか大嫌い」と言う。そうであれば、世界に差別など存在しないはずだ。でも残念なことに、差別は存在する。それは、私たちの心の奥底に深く根を張っている。自分で気付かないだけ。だからマイノリティーの当事者は「正体がばれたら、生きていけない」とおびえ、マジョリティーを装う。そしてウソの自分を生きる。生き続ける。本作品は、とある青年と少女の人生を、私たちマジョリティーが無意識のうちに偏見と差別という刃で引き裂き、破壊する過程を生々しく描いた力作です。

 「死んでも知られたくないことがある」。寡黙な青年・文(ふみ)が、共に暮らしていた見知らぬ少女・更紗(さらさ)につぶやいた一言だ。この言葉が意味するものは何か。少女誘拐事件の「ロリコン犯人」という濡れ衣を着せられた文が、世間から白い目を向けられようとも、なお隠し通す「死んでも知られたくない」真実とは、一体何か。舞台は、北アルプスを望む信州・松本。月のような透明感を漂わせる色白の青年・文を、役作りのために激やせした松坂桃李が好演し、観る人の涙腺を刺激します。

※以下、ネタバレを含みます。

 時は流れ、更紗は成長し、2人は再会する。「死んでも知られたくない」真実は、最後に明かされる。文は、更紗の前で全裸になったのだ。月明かりにぼんやりと浮かび上がる青年の下半身。このシーンを目の当たりにした私たちは、青年に対し、本当に偏見や差別意識を持たずにいられるのか。青年を奇異な目で見ずにいられるのか。観る人の差別意識に問いかけるような、強烈なエンディングだ。

 青年の「死んでも知られたくない」秘密を知った更紗の反応に、救いを見た。抱きつき、泣きじゃくる更紗の表情から「全然気にしないよ。何を言われようと、私は文が好き」という思いを読み取った。そして2人の未来に希望を見いだした。幸薄い少女を演じた広瀬すずの熱演に、泣かされる。
 
 「男は男らしく」。この古風な価値観は、どれだけ多くの人を傷付けてきたのだろう。「男は男らしく」という言葉に「男子たる者は一家の大黒柱になるべく、常に強者であらねばならない」という趣旨が込められているのは、間違いない。だから、期待に反する男は、上司に、先輩に、教師にこう怒鳴られるのだ。「お前、本当にキ○タマついているのか」

 逆に、強者になった男は、周囲からもてはやされる。テレビを付ければ、甲子園優勝校のキャプテンが「監督をオトコにしたいとずっと思っていました。実現できて感無量です」と判で押したように答えている。こうしたパターナリズム、男尊女卑がまん延する社会に、文と更紗の居場所がないのは、火を見るより明らかではないだろうか。
 
 心の奥の奥まで突き刺さった作品でした。多くの方に観ていただきたい名作です。
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