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ブルー・バイユーのNMのネタバレレビュー・内容・結末

ブルー・バイユー(2021年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

Blue Bayou、青い入江。正確には語られないが、主人公と実母の水中の物語を想起させる。
Blue by you だと思いこんで観始めたが違った。あるいはそれもかけてあるか。

米国において、養子に市民権を与える法案は2000年に成立。それ以前の45~98年に養子縁組された数万の子どもたちはほとんどが市民権を持っておらず、今後もその数は増えることが予想されるそう。本人に罪がなくとも家族と引き離された・ているという事実を、恥ずかしながら初めて知った。
そもそもそれ以上の規模で現代も養子縁組が行われているということも。既に人々が生活の基盤をしっかり築いたあとであることも、問題を複雑化している。
なんでちゃんと手続きしなかったんだろう、という疑問が浮かぶが、これを観ると、やるべき法手続きをきちんとできる家庭ばかりじゃないんだろうと少しは想像ができる。ただその代償が家族や育った国との永遠の別れと知らない土地でのゼロからの生活だとすると少し罰が重すぎる気はする。
そして主人公を育てたくともできなかった実母の事情も。それぞれに誰にも知られない事情がとにかくあった、ということが十分に伝わる。
仮にもっとわかりやすく、この親子の同情すべき事情をていねいに描いてしまうと、この親子は特別だとしても他は別だよね、という疑問も持たれかねないので、とにかくやむを得ない事情があったのだというレベルで留めているのはとても思慮深い作りだと感じた。
事情というのは必ずしも相手に伝わるような明瞭な文章で説明できるとは限らないので、全ての家庭を語ることはできない。

主人公の継母だってもとは彼を本当に子どもとして迎え普通に育てるつもりだったのかも知れない。だが状況が悪化しそれは不可能になった。恐らく本人はそれを悔いており、謝ったところで償いきれないと思っている。
法手続きの不備という事実しか他人には見えない。だからといってそれだけでその人の人生や人となりを決めつけるのは浅薄だろう。

社会問題をテーマにはしているが、それ以上に映画としてストーリーが面白い。

主人公が娘に向ける笑顔が最高。これだけで、彼は別に根っからの悪い人ではないということが伝わる。
学校を休ませても自分の愛を知らせることを優先した。髪の色のことで叱らず慰め自分まで髪を染める。就職口がますますなくなるかも知れないがそれより大事なことがある。彼の行動はとても高度。私なら、いいから学校は休むなと言うかも知れないし、髪を汚すなと叱ってしまうかもしれないが、彼は人として本当に大事なことを見越して行動を取る。

だが周囲の人々は彼の人となりを必ずしも理解してくれない。
見た目。生い立ち。過去の経歴。
極悪人でなくとも追い詰められれば誰だって生活を守るため犯罪を犯す可能性はあると気づく。
それと例え最愛の人であっても過去のトラウマを共有するというのはとても高いハードルがあるということも。言葉にし説明することはまさに追体験そのもの。もし自分が誰かに告白されたときは問いただしたり否定したりせずただ黙って聞くべきだと思った。

つらいなかでも家族と過ごす時間はとても幸せに描かれていて対比が際立つ。

偶然知り合うベトナム人女性もストーリーに不思議な存在感を与え、命や家族について主人公に示唆を与えている。

前夫の人物像は良い意味でひっかけ。面白い。
あとあの同僚が見事なまでに嫌なやつでわかりやすい。ココナツジュースが極め付き。本人は自分を正義の味方だと思っているところが厄介。あいつは悪いやつ、俺が懲らしめてやる、と独善的。そもそも他人の家庭事情に無断で介入し過ぎており、本人の同意を全く得ない点で他人のためでなく自分のために行動している。

現実は彼のような嫌な奴に出会わなくとも、前科などなくとも、強制的に送還された人がいる思うとやるせない。祖国に生活の基盤のない人々が還されて、その後一体どうやって生きていったのだろうか。相当の苦労があることは想像に難くない。

アントニオの客だったタトゥー好きの移民局局員が思ったほど活躍せず意外。ピンチを救いそうな雰囲気が出ているような気がしたが違ったらしい。

なんといっても父と離れることを終始不安に思っている娘が不憫。何度も心に大きな傷を負う。その傷を抱いたまま大人になるのだろう。
時が経ち家族は再び幸せに暮らしました、というエンディングが欲しいところだがそうは描かれない。現実はそうはいかないのだろう。

あらすじメモ
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アントニオは韓国で出生したが、幼い頃に養子縁組で米国へ来て以来ずっとこの国で暮らしている。
紆余曲折あったようだが、今は愛する妻と娘のおかげで幸せ。妻は二人目を妊娠中。
今のタトゥー彫り師の収入だけでは心もとないが、新しい働き口は見つからない。
以前バイク屋で窃盗を働いた前科もあり、世間の目は厳しい。

妻は再婚で、幼い長女は前の夫の子。
離婚した前夫は娘に会わせろと電話してくるが、娘はアントニオを慕っておりその気はない。
娘は、今の父が前夫のように自分を捨てないかどうか不安に思っている。

ある日家族で買い物をしていると、警官である前夫がそれを見つけて問い詰めてきた。
だが激昂したのは前夫よりもその同僚。
前夫からアントニオの悪口を普段からあることないこと散々聞かされていたのだろう、彼を見るなり悪者と決めつけ詰め寄ってきた。
元夫は彼を止めたが、結局もみ合いになりアントニオは収監。
父が連行され泣く娘。

妻が保釈手続きに向かうと、彼は強制送還になると告げられた。
彼の養父母がしかるべき手続きを取っていなかったため。
アントニオの選択肢は2つ、従うか、控訴するか。
彼には前科があり心象が良くないし、訴えても見込みは薄いし、もし敗訴したら再入国は絶望的。
そして弁護士を雇うにも高額の費用がかかる。
養父母は亡くなっており親戚もないという。
妻の親はそもそもこの結婚に納得していない。

追い詰められたアントニオはバイク窃盗に手を出してしまった。
そこに駆けつけたのは警官の前夫。逮捕はできなかったが彼は確かにアントニオを目撃した。
そしてアントニオは得た金を、オーナーに費用を借りたと妻に嘘をつき弁護士費用に充てた。

あるベトナム人女性と知り合い、家族で食事に招かれる。
この女性は祖国から決死の思いで家族と出国してきた。それを聞いてアントニオは改めて家族の大切さを噛みしめる。
異国文化に触れ自分のルーツに思いを馳せる。

弁護士と面会。
アントニオは養父母は亡くなったと言っていたが、弁護士は母親を見つけた、聴聞会に呼ぶべきと語る。
しかしアントニオは何か訳がある様子で、大声で断る。
妻はわけが分からず彼を問いただすが、答えず一人その場を去る。
さらに妻のもとに前夫がやってきて、アントニオがバイクを盗んだと告げる。
妻の信頼は崩れた。

衝突する二人。
家を出ていこうとする妻に、ついに元親に虐待されていたことを告白する。
正確に言うと養父に虐待され養母は知らんぷりをしていたのでアントニオにとっては同罪という認識のようだ。
その重すぎる過去をどうしても言いづらかったのだろう。
しかし結局妻は娘を連れて出て行った。

アントニオは意を決し養母に聴聞会に出るよう頼みに行く。
養父は死んだらしい。
アントニオは養母と向かい合い、どれだけ悲しかったか語るが、目も合わせてくれなかった

二人目が生まれた。
妻に会いに行き、養母に会いに行ったが来ないと告げた。
長女は、新しい赤ちゃんが生まれたので父親を取られるのではと塞いでいる。

聴聞会の日。
アントニオは向かう途中、彼を恨む連中からリンチに遭ってしまう。
法定には意外にも前夫が心配して駆けつけている。そして養母も座った。
重症を追ったアントニオは間に合わず、再び妻の信頼を失う。

もうだめだ。
やっとこぎつけた聴聞会だったのに。やりたくなかった犯罪にまで手を染めたのに。養母にまで会いに行ったのに。
俺は妻も子も失って一人きりになるんだ。
自暴自棄になったアントニオは土砂降りのなかバイクで川の中に突っ込むが、幸い息を吹き替えした。

前夫は、同僚がリンチの犯人だと知り即座に逮捕。
妻にも連絡が行き、あの日なぜアントニオが現れなかったかが知らされた。

送還の日。
彼とともに暮らす決意を固めた妻は娘二人を連れて追ってきた。笑顔になるアントニオ。
さらにそれを知った前夫を駆けつけた。
止められるかと思いきや最後に娘の顔を見に来ただけだった。
彼が娘を抱きしめる様子を見て、アントニオは妻にここに残るように諭した。
大勢の大人たちの手であの日自分たちを捨てないと約束してくれた愛する父親と引き剥がされ、泣き叫ぶ娘の声が響いた。
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