春とヒコーキ土岡哲朗

沈黙のパレードの春とヒコーキ土岡哲朗のレビュー・感想・評価

沈黙のパレード(2022年製作の映画)
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愛ゆえの暴走と、それを見過ごす愛、見過ごさない愛。

冒頭の数分が素晴らしい。最初に、今回の事件のきっかけとなる出来事を見せる。一人の女の子・佐織が町のお祭りののど自慢大会で、緊張しながらも素晴らしい歌声を披露。それを見て感動する、彼女の成長を見てきた大人たちの回想。親だけでなく近所の人たちにも愛されながら育った彼女の、赤ちゃんの頃、七五三、小学生と成長過程を見せられる。彼女を遠くから見つめる少年のリアクションのあと、彼との恋愛の様子も描かれる。これはのど自慢大会よりあとの時系列のことだろうか。だとしたら、歌う姿を見ての一目惚れのシーンだ。そして、佐織の歌声に驚く審査員の音楽家夫婦の表情のあと、彼女の家までスカウトに来る様子が描かれる。そのシーンでは、父親が「歌手なんてダメだ」と反対し、父の親友が「やりたいことやらせてやれ」と喧嘩になる様子が描かれる。初めてのぴりついたシーン。だが、そのあとレッスンを受けた佐織が歌を披露するシーンになり、音楽家夫婦や本人が諦めなかったことも分かるし、友人がカップを落として音を立てたら父が注意する姿から、お父さんもかわいい娘の才能と頑張りを応援してくれるようになったんだなという変化も分かる。彼女の人生にまつわる物語が数分で伝わって、彼女と周りの人たちを好きになってしまう。そんなところで、佐織の歌っている姿がセピア色になり、画面が焼ける演出が入り、彼女の葬式にシーンが変わる。彼女への喪失感、彼女をなくした周りの人たちの悲しみが伝わってきてしまう。そこで、佐織の死についての事件を柴咲コウが説明している警察署のシーンに変わる。佐織の命を奪った人物への怒りを、こちらも持ってしまう。観客に佐織と周りの大人を好きにさせてから傷つけるという残酷な演出だが、登場人物たちに肩入れして観てしまうこと必至で、映画の冒頭数分としてトップレベル。
そこから、佐織を殺害したと思われる蓮沼という男が捜査上に浮かび上がるも、蓮沼は黙秘して釈放される。しかし、蓮沼が遺体で発見される。佐織の回りの人間たちが共謀して殺害したと思われる……。
事件の内側の人々だけでなく、彼らを救いたい草彅刑事、草彅を救いたい湯川(福山雅治)の関係もたくさん込められた映画だった。

『容疑者Xの献身』と比べてしまうと、湯川が事件の当事者じゃなさすぎるのが気になってしまった。『容疑者X』では犯人が湯川の学生時代の友人であったのに対し、今回の湯川は事件を捜査する草彅刑事の親友、という事件からはだいぶ離れた立場。ただ、それは『容疑者X』と比較して感じてしまうことで、佐織の周りの人たちの心情描写だけで本作もかなりのめり込んでしまう映画。