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私はいったい、何と闘っているのかのsomaddesignのレビュー・感想・評価

3.5
無口な人が不意に発する一言が芯をつく
つぶやき芸の真価を見た感じ

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「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。」の安田顕×李闘士男監督×坪田文脚本のトリオ再び。つぶやきシローの同盟小説の映画化。
地域密着型スーパー「ウメヤ」で働く伊澤春男45歳。勤続25年にして万年主任だが、上田店長には「この店の司令塔」と評価も高い。いつかは店長昇進への妄想を膨らませる一方、冴えない現実との狭間で一喜一憂を繰り返す毎日。そんなある日、上田店長が急死。次期店長と目された春男だったが、本部からは新店長が派遣され、自身は副店長に肩書きが変わるだけで……。

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原作未読。略して「なにたた」だそう。言い難く略してどうする。
安田顕目当てで鑑賞。渋い強面の一方、不器用にも一途に奮闘する姿が滑稽に見えてしまうのは「どうでしょう」の影響もあるのかしら。

ままならない人生にあって、上手く立ち回ろうとすればするほど空回り。
カッコよくあろうとするほど、カッコ悪い。本人はそんな自分が不甲斐なく、しょうもないと思うだろう。けど周囲の人間から見ればそんな姿が愛される。いつも誠実でいてくれる春男は、カッコ悪いのがカッコいい。安田顕以上に春男役が似合う人がいなそう。(監督曰く、脚本化の段階で春男役は安田顕を想定しながら書いていたそう)


春男にとって食べ物が欲求不満のメタファーであり、ご褒美でありトロフィーのメタファーでもある。事あるごとに河原の定食屋に立ち寄り、愚痴を交えつつ好物を堪能する。その瞬間だけ春男は全ての責任や立場を忘れて自由になる。寡黙な春男が唯一饒舌に内面を吐露できる場所でもある分、彼の葛藤が全部セリフで説明されちゃうのは興醒め。だけど誰にでも羽を伸ばせる場所が必要で、粗末でもいいから食べる事は心身を立て直すのに重要な気がしてくる。そういやカツカレーって身近なのにご馳走っぽいし、トロフィー感あるな。

高井さん役がファーストサマー・ウイカって全く気づかなかった。もっとド派手な大阪のお姉ちゃん的イメージがあって、あんな役も似合うとはキャスティングの妙。言葉数は少ないものの、一撃必殺とばかりにクールな言葉を春男にぶつけるのも痛快だし、うっかり漏れ出る照れた表情がなんとも可愛かった。
高井さんのハニートーストの食べ方がサイコー。まず、あれを一人で食う驚き。人数分に切り分ける事なく、躊躇なく一人ででモリモリ食べ進める。いつもこうして食ってる風に高井さんの逞しさを感じちゃう。

新店長・西口さんを演じた田村健太郎の独特の存在感。すごいマイペースで空気を読めない/読まない一方で、長年見過ごされてきた問題に気づけるなど優秀な一面も。平々凡々の日常劇の中で、何気に物語の推進力になっているの西口新店長だったかも。

信頼厚い上田店長を演じた伊集院光。大きな体躯を生かした優しくて頼れる店長っぷりがハマる上に、あの物語からの去り方に説得力が増していい。長年親交のあるつぶやき原作とあって出演を決めたそうだが、肝心のつぶさんに全然やる気がない。カメオ出演とかちょっとくらい出演してもよさそうなもんだが「自分が関わらない方が絶対良いものが出来るから」と身をひいていたそう。原作者からして春男っぽい。(当たり前か)



無粋なツッコミをするならば、美しい奥さんや娘二人を立派に育て上げ、生意気ながらも健やかな息子。一軒家にマイカーまである……何を不甲斐なく思うことがあるか春男よ。(そもそも春男の収入であの生活ができるとは思えない問題もある)実態は全部ローンで毎月の支払いに追われてるとしても、あんなに卑下するほどではないような。
頻繁にカツカレー食べて帰ってしまうのに、ご飯の都合とか何も文句を言わない奥さんの寛容さ。落胆する父親を茶化す事なく、明るく支える家族がいるってマンガ並みに幸せな姿だと思うんだけどなあ。

あと、高井さんといい、食堂のオババといい、物語に対して超然的なキャラが多すぎ。感情移入しかけるとコントの世界に引き戻されるので、春男に共感しづらい。またコント部分で春男の苦悩を全部しゃべってしまうので、口下手で不器用な男に見えづらい。

なんというか、人生に行き詰まった人への視線が冷たく感じた。原作者の自嘲を込めた突き放した視点なんだろうけど、春男が劇中起こす空回りを冷ややかに描いてるのが気になった。劇団ひとりの「陰日向に咲く」「青天の霹靂」と比べて何が違うのか考えた。前者が自分の努力だけじゃどうにもならない事でつまづく人に寄り添うのに対して、つぶさんは空回りの悪い結果を自業自得と自嘲して笑い飛ばしたいんだろうな。


余談)
ファーストサマー・ウイカのオールナイトニッポンに出演した安田顕。好きなジャンルを聞かれて「BUKKAKE」と返答。曰く「冒頭の、流しそうめんに失敗して顔にそうめんが掛かるシーン。引きの画角で1回で成功させないといけない場面に見事成功した。顔にそうめんを乗せたまま、遠くカメラを見上げる安田顕のショットを見て監督『奇跡おきたね。今あんなことできるのは安田顕かセクシー女優くらい』と褒められたそう。がんばりの果てに想定外の奇跡or空回りを起こせるあたり、春男役に安田顕を配した妙味を感じた。

79本目
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