ぺむぺる

ブレードランナー ファイナル・カットのぺむぺるのレビュー・感想・評価

4.0
SFの土壌にまかれた神話の種。近未来、宇宙植民地にて反乱を起こした人造人間〈レプリカント〉が地球に逃亡。その抹殺を任とする専任捜査官〈ブレードランナー〉が彼らを追跡していく。鮮烈なビジュアルと意味深なモチーフで、混沌たる物語世界を現出させた傑作カルトムーヴィー。

人間とレプリカントによる追走劇を骨格としながらも、レプリカントの視点に寄り添った〈生への執着〉を情感たっぷりに描く。比較的シンプルなプロットに比してストーリーは波乱万丈であり、ときにクライムサスペンス、ときにアート・フィルム、ときにホラー、ときにメロドラマと、その雰囲気を目まぐるしく変えていく。酸性雨降りしきる猥雑な街並みに象徴されるように、本作を覆うのは退廃とカオス、混乱だ。

見ようによっては、おそろしく野暮ったい映画に映るかもしれない。あらゆる場面がギラギラとどぎつく、べたにべたを重ねたような鈍重さ、混乱ゆえの難解さもある。一言でいえば〈濃ゆい〉のだが、それもハマればクセになり、涙が出るほどカッコよく思えてくるから不思議。

そんな濃厚世界において、ひときわ清涼を感じるのがレプリカント最後の独白だ。簡潔ながら悲哀に満ちた美しい言葉の連なりは、神話の中核となるべく運命づけられた本作最奥部のメッセージ。それはレプリカントのというよりも、いずれは死ぬ身の我々人間が発する魂の叫び、神に対するただひとつの優越である。アドリブによったというルトガー・ハウアーの功績もあろうが、それ以上に、そうした奇跡を招く力がたしかにこの映画にはあるのだ。

それにしても、創造主にたてついてまで己が実存の完全性、平たくいえば永遠の命を求めるというのは、実に西洋的で難儀なものだなあと思う。むろん作中のレプリカントたちは永遠の命など望んじゃいないが、限りある生を超克したい思いを突き詰めればいずれはそこにたどり着く。このようなキリスト教的価値観ゆえと思しき生の希求について、そこにある切実さは、「あわてないあわてない」の思想で育ったわたしなどには本当の意味で理解できないものかもしれない。虎を捕らえてほしくば屏風から出してみよ、と言う一休和尚の教えに従えば、ひとは不可能を嘆くより、知性とユーモアでもって現実を飼い慣らす術を身につけるべきなのである。
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