亘

最後の決闘裁判の亘のレビュー・感想・評価

最後の決闘裁判(2021年製作の映画)
3.8
【”正しさ”に見捨てられた者】
14世紀フランス。騎士カルージュの妻マルグリットは従騎士ル・グリに強姦されたと訴える。しかし当のル・グリは犯行を否定し、判決の行方は決闘裁判へと持ち込まれる。しかしその事件には3人それぞれの視点から見た真実があった。

ある強姦事件を3人の視点から描く歴史ドラマ。羅生門に例えられるように確かにそれぞれの視点を通すことでこの事件は違った様相を見せる。とはいえ羅生門のように事実が根本から覆るというよりは解釈が変わってくるようなイメージで、本作の主題である女性差別が徐々に浮き彫りになってくる。
3人の視点は以下の通り。

1人目の視点:カルージュ
カルージュは気性の荒く、いわゆる”マッチョ”な男。敵軍との戦いではル・グリの制止を振り切って相手に突進した結果土地を奪われたり、そのほかにも勢い余った行動が見受けられる。そんな彼の元に美しい女性マルグリットが嫁ぐ。しかし彼女が結婚と引き換えに持ってくるはずだった土地の一部はピエール伯に取られ、さらには彼がつくはずだった長官の地位にル・グリがつく事態が続き、彼はかつての親友ル・グリに不信感を抱くようになる。
そしてスコットランド遠征後のある日彼は妻マルグリットからル・グリに強姦されたと報告を受ける。怒った彼はル・グリを訴えさらにはプライドのために決闘裁判を目論む。

2人目の視点:ル・グリ
ル・グリは知的で温厚な男だった。そして親友カルージュ思いだった。カルージュが相手に突進した時には上官に対して彼を庇い、地代を払えない時には地主の娘マルグリットとカルージュの結婚を画策した。そんな頭が切れるル・グリをピエール伯は重用し、いつしか彼は長官になる。カルージュはル・グリを裏切りだとして非難する一方で彼はピエール伯との付き合いの中で女遊びを始めるようになる。一方で知性もあるマルグリットに恋をしてしまい、カルージュが留守のある日彼はカルージュの城に忍び込みマルグリットを襲う。彼にしてみればマルグリットも自分に恋をしていると感じていたが、彼は訴えられ決闘裁判へと持ち込まれる。

3人目の視点:マルグリット
マルグリットは、父親の経済的な理由からカルージュとの望まない結婚を果たす。そして跡継ぎのほしいカルージュから愛のない強引なセックスを強要される。それでも子供はできずにおり、一方で家庭内でも姑と仲が悪く居場所がなかった。そんなある日カルージュがパリへ出かけ家の者も出払った時にル・グリがきて彼に強姦される。ショックを受けた彼女がカルージュに伝えれば今度は”強姦を訴えた女性”として非難の的となり、裁判では「妊娠したならば快楽を感じていたのではないか」とまで言われてしまう。そして決闘裁判でカルージュが負ければ、つまりマルグリットが敗訴すれば彼女も火炙りの刑に処せられることとなる。

3者の目線を比べることで明らかになるのは、いかにマルグリットが弱い立場にあったかということだろう。カルージュとは望まない結婚をさせられ、その後も横暴なカルージュと反りの合わない姑に振り回されていた。そして強姦を訴えてからは世論に批判され裁判で辱められていた。また特に印象的なのはカルージュの視点ではあたかも彼女が丁重に扱われていたようだが彼女の視点からはそうではなかったということである。それに「妊娠していたならば快楽を得ていた」という執拗な質問もマルグリットの視点にしかなかった。さらに本作のクライマックスである決闘裁判は男同士の戦いであり、一方で当の被害者マルグリットは忘れられていたのだ。”正しさ”を求めていたのに、それがプライドの問題にすり替えられていたのだ。まさに決闘裁判は女性抜きにして女性の立場の弱さを象徴しているだろう。

ただ本作は視点が切り替わっていくことで引き込まれる一方でなんとなく説教臭く感じる。個人的にはフェミニズムを意識しすぎて有害な男性性を批判するだけで深掘りできていないように思う。
まず終始中世を一方的に”当時の社会=悪”と描いているように感じた。作中の人物たちはマルグリット含め当時の規範で生きている。それを現代の視点から一方的に批判するのは後出しじゃんけんのようなものではないだろうか。例えば『素晴らしき新世界』という小説で現代人が未来人から”未開人”認定を受けるのと同じような気がする。たしかに女性差別の思想が根底にあるが、当時の常識を600年後の観点から批判するのは無理があるし、本作で伝えたい主題がそのような伝え方で良いのかと思う。

またル・グリが一方的に悪者である。彼はピエール伯のせいで女遊びの道に進んだたというエピソードはあるものの強姦事件に関しては3人の視点全てを通してもル・グリを援護する要素が見当たらない。確かに彼は犯罪者であり罰せられるべきである。しかし視点が切り替わっても悪者であるという点が変わらないならば、単に一面的に男性性を批判しているだけではないのか。ここで例えばル・グリが”封建社会における男性性”と自信の性質の乖離に悩んでいたなどの描写があれば変わったのかもしれない。

とはいえ本作の存在意義は大きいと思う。本作が共感・理解されるのは現代でも女性差別が顕在的にも潜在的にも存在することの証だろう。ストーリーテリングで引き込み、中世の事件を題材に現代に通じる問題を提示するという点で重要な良作だと思う。

印象に残ったシーン:国王の前での裁判のシーン。
亘