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リラの門 4K デジタル・リマスター版のnoteのネタバレレビュー・内容・結末

3.6

このレビューはネタバレを含みます

怠け者だが善良で優しいジュジュと、通称「芸術家」は無二の親友で隣同士に住んでいる。 ある朝、芸術家の部屋に逃走中の強盗殺人犯・バルビエが逃げ込んで来て、拳銃で脅されてやむを得ず地下室に匿う。しかし二人は、逃亡で疲弊し体調を崩したバルビエの面倒をみるようになる。

フランスを代表する巨匠ルネ・クレール監督が、お人好しの男が殺人犯を匿ったことから巻き起こる騒動を描いた人情喜劇の佳作。

主人公はいわゆる「呑んだくれ」。
BARに集る蝿のような男だ。
働かないのか?働けないのか?は分からないが、無職で自由気ままに生きている。
バーテンの目を盗んでは酒を盗み飲み、警察の捜査のドサクサに紛れて、商店から缶詰を盗むような人間なのだが、街の人々は彼を毛嫌いしている訳でもない。
悪戯っ子のような憎めない笑顔に親しみさえ感じているようだ。
貧民街のリアルなセットとロケも相まって、画面には下町の人情という空気が溢れている。

ある夜、ジュジュと芸術家のもとに、逃走中の殺人犯が転がり込む。
「命の恩人」だと言われたジュジュは、喜びを覚えてバルビエに親切に接していく。

他人の役に立ちたいという欲求と心理は誰にでもある。
これは、人の役に立てば、人から認められ、感謝されたりするため、「自分は他者に貢献できている」、「自分には価値がある」と思える承認欲求である。
その結果、人は充実感を得られ、幸福に感じられるのだ。

恐らく、生まれて初めて他人に感謝されたであろうジュジュは人が変わったように働き者になり、バルビエの要求を満たそうとする。
食べ物や衣類を用意するだけでなく、ジョウロでお湯のシャワーをかける姿が微笑ましい。
ジュジュの変わりように周囲は喜ぶのだが、彼が想いを寄せる酒場の娘マリアだけは、その変化に何か裏があると感づく。

身体の癒えたバルビエが高飛びの計画を練り始めた矢先、マリアは芸術家の部屋に忍び込み、バルビエと出くわす。
秘密を知られたバルビエは「殺しはしない、君が美しいからだ」と、言葉巧みに彼女を籠絡し、彼女の心を掴んでいく。

やがて芸術家の協力で高飛びのためのパスポートが手に入る。
バルビエは、マリアをそそのかして彼女の父親の蓄えを持ち出させ、一緒に逃げようと唆す。

だが、いざ逃げる段になって、「金が目的だ。女は捨てる。」と吐き捨てるバルビエに、その金を運んできたジュジュは愕然とする。

ジュジュにとってマリアはアイドルのような存在。
彼女への片想いを心に秘めていたジュジュはマリアを傷つく姿など見たくないのだ。
冴えない中年男の純情である。

次第に育まれるバルビエとの絆に胸が熱くなっていたのに、その本心を思い知らされた時のジュジュのショックたるや、相当なものだろう。
金目的と知った時のマリアの失望を思って、彼女を連れて行くようバルビエに懇願するが彼は聞き入れない。

バルビエはしつこいジュジュに拳銃を向けるが、ジュジュは引き下がらず、揉み合ううちに銃声が響くが、生き残ったのはジュジュだった…。

殺人犯であろうが困っている人間をかいがいしく世話するジュジュが、あまりにお人好し。
宗教的な匂いは無いが「聖なる愚者」とも言える存在だ。
ジュジュになんだかんだ言っても寄り添う芸術家もまた優しい。
貧しい町の人々も。

鑑賞後の余韻はどこか「男はつらいよ」に似ている。
笑えて、物悲しくて、味わい深い。
リアリティ溢れる殺伐とした映像の世界観。
なのに、「人に優しく」、「人を信じる」という掃き溜めに咲く美徳が、一編の童話のように心温まる想いを抱かせる作品である。
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