KnightsofOdessa

カード・カウンターのKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

カード・カウンター(2021年製作の映画)
4.5
[過去から逃げ続けたある賭博師についての物語] 90点

大傑作。2021年ヴェネツィア映画祭コンペ部門出品作品。カードカウンティング。配られたカードを-1,0,+1の三種で分けて得点を加算していき、随時合計得点を確認しながら確実な場合だけ賭けて勝つという勝率の高い技法。そんな過去が未来に作用するというテーブル上の考え方は、過去の行いを無限に罰し続ける主人公ウィリアム・テルの生き様にも重なってくる。彼はアブグレイブ刑務所での捕虜虐待で有罪判決を受け8年半収監されていた人物であり、長らく続いた禁欲的で規則正しい生活は今でも続けている。それは自らを無限に罰するという行為でもありながら、再び自分が"ティルト"してしまうことを防ぐ殻のようにも見えてくる。その不器用さは、後に出会うラ・リンダとのデートでぎこちなく手を繋ぐシーンや、言うことを聴かないカーク青年に対して"自分にできる最大限かつ最善の手助け"として脅迫に近い手段を取ることからも伺える。

収監中に身に着けたカードカウンティングの技術は、目を付けられない程度に勝ってカジノを転々とする放浪の旅の礎となっている。当て所ない放浪の途中で、ウィリアムはカークという青年に出会う。彼の父親は元同僚らしく、不名誉除隊後は酒浸りとなって家族に暴力を振るい、そのまま自殺したらしい。そして、カークの父親やウィリアム自身を"拷問マシン"へと追い込んだ男ゴルドは"一般人"として裁かれることなくのうのうと暮らしているというのだ。ウィリアムは、父の仇としてゴルドを殺そうとするカークを諌め、旅に同行させることで彼の怒りを鎮めようとした。ウィリアムの態度は決して温かいものではなかったが、味方のいなかったカークに手を差し伸べることで、彼の中にあった負の連鎖を、永遠の罰の中に生きる自分の中に取り込もうとしたのかもしれない(それは終盤に訪れるウィリアムの決断にも顕著に現れている)。真相がどうであれ、カークの存在によって、外世界との接触を断つことで自分を罰したつもりになり、過去に目を向けようとしなかったウィリアムは変化していき、退けていたラ・リンダの提案も受け入れるなど外世界との関わりを取り戻し始める。

アブグレイブ時代の記憶は魚眼カメラで撮影されているなど、明らかに露悪的な描写がなされている。一般の人間の視野より広く切り取られた歪な地獄世界は、ブレッソン的な所作への注目やショットの静けさ/厳かさを拠り所にした視野狭窄的な現在との対比として描かれているのかもしれない。

本作品には劇的な展開も感動のクライマックスも美しいロマンスもない。ただ不器用な男が心を開き、過去という暗闇と対峙するというだけの映画である。中盤に若干ダレる映画そのものも不器用であり、その相互作用によって生まれたパワフルさには目頭が熱くなる。
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