幽斎

カード・カウンターの幽斎のレビュー・感想・評価

カード・カウンター(2021年製作の映画)
4.8
【幽斎的2023ベストムービー、スリラー部門第7位】
恒例のシリーズ時系列 名匠Paul Schrader監督50年の集大成「魂の3部作」
2017年 5.0 First Reformed 「魂のゆくえ」レビュー済
2021年 4.8 The Card Counter 本作
2022年   Master Gardener 北米2022年10月公開済、日本早よ(笑)

「魂の3部作」作品的な繋がりは無いが、精神的なシリーズで3部作としてアプローチ。日本公開もCOVIDと関係なく危ぶまれ、全国的に劇場数は少ないが、無事に配給に扱ぎ付けたトランスフォーマーに大いに感謝したい。アップリンク京都で鑑賞。

「タクシードライバー」脚本、レビュー済「魂のゆくえ」監督Paul Schraderで製作総指揮はMartin Scorsese。「魂のゆくえ」レビューでも触れたが監督は小津安二郎を敬愛、三島由紀夫に感銘を受けた本物の親日家。本作はヴェネチア映画祭コンペティション部門で孤高のギャンブラーの贖罪を描いた濃密なソーシャル・スリラー。ジャケ写のイメージから2013年「グランド・イリュージョン」エンタメ感あるギャンブル映画と思うが、中身は極めて淡々と静なる作品。

私は頭が良い人は2通りに分かれると思います。1つは主人公の様に記憶力がズバ抜けて良い人。私の弟は国土交通省に勤めてますが、彼の様に記憶力の良い人は「数学」も得意。藤井聡太八冠もAI将棋の手を記憶してるのでポーカーも凄腕だろう。頭の良い2つ目は洞察力や推理力に長け、常に相手の一歩先が読める人。Card Countingはカジノスクールでも教えるが、既出のカードを10点札「10、J、Q、K」と中間の札「3、4、5、6」に分け、何枚ゲームで使われたか頭の中で計算する。私、先手を読むのは自信アリマス(笑)。

アメリカ最大の独立系制作会社Focus Features配給、監督が雑音(他人の意見)をシャットアウトする為、スポンサーに頼らず個人的な援助から資金を募り、製作総指揮の数は20人とハリウッド過去最多。一際目立つのがScorseseだが、別に監督はハリウッドから嫌われてる訳で無く、寧ろ畏敬の念を以ってるが、本作は超低予算で撮影も20日だけ。メインキャストがCOVID陽性で打ち切り覚悟まで追い詰められた。Isaacはシーンのテイクが 1回、多くて2回しか無い事に「挑戦的だけど新鮮」皮肉交じりに語る。プロのカードプレイヤーに教わり日記を書く練習「Penmanship」日本で言うペン習字まで覚えた。

監督は親友Nicolas Cageを主演で考えたがスケジュールの都合でOscar Isaacに変更。共演はShia LaBeoufを予定したが「辛気臭い作品はイヤだ」自ら降板(またかよ(笑)。困った監督はニコケイに相談すると以前共演したTye Sheridanを推選。キャストではラ・リンダ役Tiffany Haddishが出色の演技で魅了された。彼女も「マッシブ・タレント」共演のニコケイ推薦だが、本来は「ペット2」コメディが主戦場でScorseseも難色を示し、スクリーンテストでコメディが抜けない彼女に「もっと素直に演じろ!」檄を飛ばす。なぜ彼女で無ければ成らなかったのかはラストシーンで解る。

【ネタバレ】物語の核心に触れる考察へ移ります。自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】

本作を理解する上で幾つかのプロットが登場するが、やはり「アブグレイブ刑務所」への理解は必須。レビュー済「モーリタニアン 黒塗りの記録」触れた通り、アメリカは「9.11」同時多発テロの報復として、アフガニスタンやイラクを攻撃。世界秩序を守ると言う大義名分で捕虜への拷問も正当化。「拡張尋問術」CIAはキューバのグアンタナモ基地でタリバンやアルカイダの容疑者を「水責め」斜めに置かれた板に頭を固定、口に布を掛け水を注がれ肺が水で満たされる感覚に襲われた。レビュー済「ザ・レポート」でも詳しく述べてるので御一読を。

Isaac演じるウィリアム・テル。皆さんのご存じなのはクロスボウの名手だろうが、本作ではポーカー用語「Tell」由来。プレイヤーの態度の変化を素早く読み取り、ハンドの評価の手掛かりを推察する行為。話をアブグレイブに戻すと、Isaacも倫理観を失い、自暴自棄に襲われ良心の呵責に苛まれ、人間の残忍の極限を見た。彼は刑務所では自分のルーティンを乱さず、自らを律する事で出所後もカジノで勝っても贅沢しない。その姿は自らを罰してる様にも見える。

禁欲を描くのは監督の十八番だが、モーテルで部屋の調度品を自ら持ち込んだ白い布で覆う理由は明かされない。アンサーは監督の代表作1982年「Cat People」ヒントが有るが、本人の遺留品を残したくない、訳では無い。解釈は観客のセンテンスに委ねてるので、敢えて言及しない。ヒントですか?、潔癖症は強迫性障害で人格の崩壊を意味する。過去の罪を償うには精神の乖離も甚だしい。禁欲→〇←強欲の○の部分を監督は極めて冷徹に描いてる。

本作が監督の代表作「タクシー・ドライバー」描き切れなかった事へのセルフオマージュなのは明らか。ラストシーンで「ほう」と思ったのは禁欲のハレーションでIsaacとHaddishはセックスするが、彼女がIsaacと面会する際、2人の愛は継続してる事を仄めかす。監督は「魂のゆくえ」でも希望を抱かせる終わりを見せたが、俗世を隔て「生」と「性」を感じる構図は実に監督らしい。2人の指はエンドロールでも演技し続けており静止画では無く長回し。希望も現在進行形であると言う見事な幕切れ。

白いシーツで部屋を覆う理由もシンプルに考えれば「自殺願望」と言えるが、彼は事を為すには至らない。彼の「贖罪」=キリストが十字架上の死に依り、全人類を罪から贖う行為。つまり解決策は「死」のみ、自分の罪は贖えない。為らば他人に赦して貰えば良い。監督が歳を重ね死生観が変化した事で、此の3部作は生まれた。響き渡る「USA! USA!」アメリカこそ空しい国だと、悔恨に囚われる男と対比させ、強烈なアメリカ批判と皮肉に本作は満ちていた。コレが傑作で無ければ何が傑作なのだ。

猛烈なアンチカタルシスに満ちた本作こそ、アメリカと言う国の戦争が生んだ映画なのだ。
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