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ハピアー・ザン・エヴァー L.A.へのラブレターのタケオのレビュー・感想・評価

3.7
-ビリー・アイリッシュと新時代の「アメリカン・ウェイ」『ハピアー・ザン・エヴァー L.A.へのラブレター』(21年)-

 2021年10月2日、テキサス州で毎年開催されている「オースティン・シティ・リミッツ」に出場したビリー・アイリッシュは、同年の9月1日に中絶禁止法(いかなる理由であろうと妊娠6週以降の中絶を一切禁止するというもの)を施行したテキサスの議会に対して怒りを表明。「My body My fucking choice(私の体は私が決める)」と中絶の自由を主張するスローガンを叫び、ステージの上で堂々と中指を突き立てた。
 「自分らしく生きる自由」はビリー・アイリッシュにとっての大きなテーマの1つであり、見方によっては、彼女の楽曲は全てこのアナロジーで読み解くことが可能である。もちろん、最新アルバム『ハピアー・ザン・エヴァー』(21年)の収録曲とて全く例外ではない。パフォーマンスから前述したような政治的主張に至るまで、「自分らしく生きる自由」を求める彼女のアティテュードは常に徹底されている。そして、「自分らしく生きる自由」のためには自らのイメージが変化することすらも厭わない。とくに象徴的なのは昨今における彼女のファッションだ。これまでダブダブのパーカー姿がトレードマークだったビリー・アイリッシュは、『Lost Cause』(21年)や『Not My Responsibility』(21年)をはじめとしたMVや「Vogue」6月号の表紙で'意図的に'露出度の高い姿を披露することで、これまでのパブリック・イメージを大きく塗りかえた(ついでにヘアカラーもブロンドになった)。一部の「ファン」からは批判の声も上がったが(本人いわくInstagramのフォロワーが約10万人減ったとのこと)、それに対してビリー・アイリッシュは「私は今も昔も自分が好きな服を着ているだけだ」と反論、「肌を見せたら偽善者、ふしだら女扱いだなんてバカげてる。気にする必要なんてないし、そんなことで敬意が失われるべきじゃない」と付け加えた。息の詰まるような同調圧力に「No」を突き付け続けてきたビリー・アイリッシュは、ここにきて遂に「ビリー・アイリッシュであれ」という「ファン」からのプレッシャーにすらも真っ向から「No」を突き付けてみせたのだ。他のアーティストにはなかなか真似できない、まさに「自分らしく生きる自由」を求め続ける彼女ならではの境地だといえるだろう。
 「孤独」と「絶望」というパブリック・イメージを引き受けながらも、「自分らしく生きる自由」のために「世界」に向かって中指を立て続けるビリー・アイリッシュは、アメリカン・ポップとロックンロールの狭間に生まれた特異点とでもいうべき存在である。誰に何を言われようと気にしない。好きな服を着るのも、自分の信じる言葉を紡ぐのも、全ては「自分らしく生きる自由」のためだからだ。酷薄極まりない世界を前に「今、ここ」こそが「Happier than ever(これまでにないほど幸せだ)」と断言するビリー・アイリッシュは、「自由」と「独立精神」、新時代の「アメリカン・ウェイ」の体現者なのである。
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