ささきたかひろ

スワンソングのささきたかひろのレビュー・感想・評価

スワンソング(2021年製作の映画)
3.8
映画というのは基本的に「作劇」を通して他人の人生の瞬きを覗き見る体験なのだと思う。そしてしばしば私達はおこがましくも赤の他人が作った映画に「私の人生が写し取られたかのような妄想的瞬間」を見てしまう。「これは私の映画だ!」などと感じ入り心を打ち震わせる。涙する。そして人々はそれらの作品を「名作」と呼び心の特等席で大事に暖めたりもする。

前情報無しで「時間ができたから映画でも」と無防備な状態で観たものだからその浸透率は半端なく、紛れもなく私はこの映画に「私の人生が写し取られたかのような妄想的瞬間」を見てしまった。「名作」決定です。

作品の題名でもある「スワンソング」とは芸術家が亡くなる直前に人生で最高の作品を残すこと、またその作品を表す言葉である。(Wikipediaより引用)白鳥が今際の際に美しい声で鳴くという伝承から転用された言葉でもあるらしいが諸説ある模様。

本作は「私の人生が写し取られたかのような妄想的瞬間」という私的な瞬間があっただけではなくて映画としてパトリック、リタ、そして自らドラァグクイーンとしてステージにも立った懐かしのゲイバー3つの去りゆく者たちの引き際を「スワンソング=人生の最も美しい瞬間」として奏でていった見事な脚本やかつてカリスマヘアドレッサーだったパトリック・ピッツェンバーガーを演じた主演のウド・キアーを始めとする俳優たちの素晴らしい演技のアンサンブルに魅了されっぱなしの105分だった。

すべての芸術家、人々が「スワンソング」を残せるわけではない。けれども自分の人生に決着をつけられるのは自分しかいないのだ。過去の栄光も今の自分に繋がっている、未来の自分を一瞬でも輝かせることできる。「かつての栄華から転落し落ちぶれて薄汚れてしまっても、死の間際に美しい白鳥の姿にもどり人々を魅了して最後を迎える」そんな希望を決してご都合主義や甘美な人生讃歌に傾かず抱かせてくれる作品でした。

これだから映画はやめられないのです。
ささきたかひろ

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