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笑いのカイブツのumisodachiのレビュー・感想・評価

笑いのカイブツ(2023年製作の映画)
4.5



ツチヤタカユキの同名小説を映画化。

母親と2人で暮らすツチヤは、テレビの『ケータイ大喜利』にネタを送り続けていた。5秒に一度ボケることを自分に課し、狂ったようにネタ帳を埋め尽くしていた努力の甲斐あり6年後にレジェンドに昇格。吉本興業の門を叩き作家見習いとなる。しかし周囲の人間と上手くいかずに排除され、今度はラジオ番組にネタを投稿し続ける日々を開始。ついにパーソナリティの芸人から声がかかり上京するのだが……。

『ジョーカー』のような生きづらさに伴う地獄を描いた映画であり、『フリーソロ』のような業を映し出した物語でもある(『フリーソロ』はドキュメンタリーだけど)。お笑いのことのみにすべてのゲージを振り切り、他のすべてがゼロという極端な生き方をしているツチヤという人物の生き地獄。きっと、この映画を観る人は3パターンに分かれると思う。①ツチヤに嫌悪感を抱く人間、②ツチヤを羨ましいと思う人間、③ツチヤの姿に救われる人間の3つだ。

ほぼ孤独でずっとネタ帳と向き合っているツチヤの日々を描いているにもかかわらず、構成はかなりスピーディーでガチャガチャとしている。汚い字で書き殴られたネタ帳や壁に貼られた無数のメモのように、常に情報過多な状態が継続する。彼の目的が達成し、それによって引き起こされた環境というのは彼自身が望んでいたものであるにも関わらず、「他人」が介在すると途端にすべてが上手くいかなくなってしまうというジレンマ。ツチヤの中で起きている混乱と、どうしてもやめられない「お笑い」という業、そして心身を追いつめていく自己嫌悪がスクリーンから滲み出てきて、いつしか観ているこちらもその地獄の炎に巻かれてしまう。

『アフターサン』とは一つも共通点がないストーリーではあるが、観ているこちらが巻き込まれるという点では似ていると感じた。とにかく「持っていかれる」のだ。『ジョーカー』にもそういう要素があったものの、あの作品はどこか冷笑的で「全部夢かもしれないよ?」という逃げ道も用意されていた。しかし、本作にはそういう逃げは一切ない。実際に起こったことだからというのもあるだろうが、安易な救いは排除されている。

もちろん、彼の周りは敵ばかりではない。何をしても許容する母親(彼女は、彼のネタに関わるものは決して捨てない)、ツチヤを面白がるホスト、彼を見守るバイトの女の子、彼を気にかけチャンスを与える芸人……彼らは彼の味方だが、それすらもツチヤにとっては地獄になる。彼らの優しさに甘えてお笑いという業から降りたり、納得できない方向に信念を歪めたり、どうしても苦手な行動を強いられたりすることは地獄だから。自分のやりたいことだけを追求したらどこかで行き詰まり、安易な道に逸れたら自分自身が死ぬ。結局のところ、居酒屋での会話と最後の母との会話でその事実を突きつけられたことで彼は生きることができるようになるわけだが、終盤へのドライブのかかり方は尋常ではない。

どちらに行こうが地獄しかないツチヤ。この極めて単純でありながら極めて複雑なキャラクターを、岡山天音が命を削っているんじゃないかと思うほどの熱量で怪演。菅田将暉や仲野太賀といった脇役たちも素晴らしい存在感だった。街の映し方にもお笑いパートにも信念と誠実さを感じ、とても質の高い映画に仕上がっている。

才能があって、頼まれた以上にネタを考えて、ストイックで。それだけじゃなんでダメなんだろうね。3年頑張れってなんなんだ。社会ってままならなすぎるよ。おすすめ。
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