ジェイコブ

女神の継承のジェイコブのレビュー・感想・評価

女神の継承(2021年製作の映画)
3.8
タイの東北部にある村で、バヤンと呼ばれる女神を崇める土着信仰の巫女ニムを取材するドキュメンタリー作品が作られた。ニムは一族に代々受け継がれるバヤンの巫女としての力を使い、悪霊や精霊起因の病を治療することで信頼を得ていた。ある日、義兄が死んだという知らせを受けて葬式に向かうニムは、式場で長年疎遠な間柄にある姉一家と再会する。ニムはそこで、自身の姪であるミンの様子がおかしいことを気にかけるのだが……。
「哭声」のナ・ホンジンプロデュースのタイと韓国合作ホラー。哭声でも描かれていた信仰と儀式、絶望的な展開に加え、本作はPOVのフェイクドキュメンタリーとして作られている。前半のバヤンの巫女ニムに密着するシーンでは、これがフェイクだと知らされなければ本物と信じてしまいそうになるほど作り込まれており、タイの山間に囲まれた村という舞台設定が良く生かされている。また、ホラーの出来前としても非常に良く、仏教の教訓である因果応報というテーマを感じさせるストーリーも純粋に楽しめた。
「哭声」では聖書が物語のベースにあったが、本作では、登場する巫女や女神バヤンなど、ネパールにおける土着信仰であるクマリをモデルにしているのではと感じた。その根拠として、クマリは仏教徒の少女の中から厳格な規定の中で選ばれ、初潮を迎えるまでの間は密教やヒンドゥー教の女神が宿ると言われている事(本作の中でも女神に気に入られた証として数ヶ月に渡る生理が語られている)。クマリの中には初潮が来なかったが故に高齢期まで務めることになった女性もいるそうで、長い間一人の女性の自由を奪って規則で縛り付けることから、人権侵害に当たるとしてネパールの最高裁判所でも判決がくだされている。本作におけるニムと姉のノイは祈祷師の一族として生まれたがために、一人の人間として生きる人生を女神バヤンに囚われて生きる使命を背負わされており、そんな二人の置かれた状況はクマリと似ているようにも感じる。他にも、クマリが予言を行う際に大声で喚いたり笑えば大病や死が訪れるとされており、考えてみれば本作のなかで悪霊に憑かれたミンは常に笑い、大声を上げるシーンが多く見られたという事も根拠として挙げれる。と、かなり前にNHKで見たドキュメンタリーの記憶が引っかかっていたのか、鑑賞後改めて調べてみたら今になって甦ってきた笑
本作の不満点はただ一つ。POV形式によるフェイクドキュメンタリー作品を語るのであれば絶対に守らなければならないルールを本作は守っていないことが非常に残念だった。それは、この作品か「誰によって作られ(編集され)、そして誰によって世に出されたか」という点が明かされていないことだ。結末を見る限り、劇中に登場したスタッフの中では編集できそうな人はいない。であれば一体誰が、ご丁寧にテロップまでつけて編集したのだろうか。POVホラーのパイオニアである白石晃士が自著の中でも語っているが、この根幹をなす部分を疎かにすれば、いくらホラーとしての中身が良くても、POVというジャンルにおける価値は途端に低くなってしまう。あの結末にするんだったら、初めにファウンド・フッテージというようにことわりを入れたほうが、これもご都合主義には違いないがまだ受け入れられる気はする。
POVホラーというだけで考えたら、もっと点数を低くつけていたが、ラストのニムのインタビューが非常に良かったのでこの点数にした。経験したことないほどの凶悪な存在を前にして、今まで自分が抑え続けてきた疑念や感情が溢れ出し、涙する彼女の姿には胸を締め付けられた。ずる賢く巫女としての使命を妹に押し付けた姉のように、彼女もまたバヤンとは無縁の人生を送りたかったに違いない。そう考えれば、本作は自分の運命に抗う事、という裏テーマが存在するようにも感じた。
「哭声」同様、様々な考察が溢れる作品であり、この夏熱いアジアホラー作品の波の一つに数えられる一本。