アニマル泉

さすらい 4K レストア版のアニマル泉のレビュー・感想・評価

さすらい 4K レストア版(1976年製作の映画)
4.5
ヴェンダースの「ロードムービー三部作」の第3作。白黒ビスタ、3時間の大作だ。本作は脚本がない即興演出で撮られている。
トップカット、風がなびく美しい畑を俯瞰で捉えた大ロングショットにワーゲンが土煙を上げて暴走して来る。いきなり決定的ショットだ。ブルーノ(リュディガー・フォーグラー)がトラックの荷台で髭を剃ろうとしていると暴走するワーゲンがそのまま川へ飛び込むワンショットも素晴らしい。ゴダールの「気狂いピエロ」を想起する。これ以降ブルーノはロベルト(ハンス・ツイッシュラー)のせいで髭をそれなくなる。ロベルトはカミカゼとあだ名される。ブルーノは映写技師、ロベルトの仕事や車を暴走したいきさつは最後まで曖昧だ。二人のロード・ムービーが始まる。東西ドイツ国境の映画館を巡る旅になる。本作は大型ワゴンでの旅だ。ロード・ムービー前2作がいろんな乗り物を乗り継いだのと比べると対比的だ。「まわり道」では集団の旅だったが本作は「都会のアリス)と同じく二人旅である。
「ワゴン車」の映画である。運転席が本作で一番多い場面になる。二人が並ぶ車内でのそれぞれの切返し、サイドミラーに後ろの景色が流れるのがいい。窓枠ごしの車外からのそれぞれのワンショットも揺るぎない。正面のフロントガラスごしのツーショットは要所で挿入される。
セリフが極端に少ない。本作は冒頭の老人の証言から明らかなようにサイレント映画へのオマージュが貫かれている。「まわり道」はカラー映画だったが本作は白黒に戻っている。ヴェンダースの証言によればブルーノが実家の母を訪ねるライン川の島のくだりはムルナウを意識したという。白眉なのは子供たちに二人が演じる影絵芝居だ。見事なサイレント映画となっている。
撮影のロビー・ミューラーがますます素晴らしい。特にロングショットが素晴らしい。広大な景色をワゴン車が走るショットが美しい。ワゴン車が描く軌跡の「直線」に対するのが「円」だ。フィルムのリール、ワゴン車のタイヤ、ハンドル、レコード、ブルーノが見つけるフラフープなどだ。ブルーノが映画館モギリのポーリーン(リサ・クロイツァー)のためにフィルムをループしてエンドレスフィルムを上映する。まさに直線のフィルムを円環にする美しい融合だ。
ロード・ムービーの魅力は移動し続けることだ。様々な人々と出会う。印象的なのは妻と喧嘩して車に乗った妻を激突死させてしまった鉱山の男だ。ロベルトは奇妙な音に誘われて真夜中の採掘場の階段を登っていく。男が呆然と石を下に落としていた。ヴェンダースは「死」に囚われた人物がよく登場する。ロベルトも最初は車で川に突っ込んだ男だ。
この後、移動が止まってから本作はつまらなくなる。ロベルトと父親の再会、ブルーノとポーリーンの情事、ブルーノの実家への母親探し。母親探しはワゴン車からオートバイのサイドカーに乗り替える、そしてライン川をボートで島に向かう。この移動するくだりは官能的なのだがそもそものエピソードがつまらない。ヴェンダースのロード・ムービーは行き当たりばったりだ。何が起きるか分からずスリリングで運動的だ。しかし本作の後半のような芝居場になると薄っぺらく底が見えてしまう。母や父との葛藤がテーマならばもっと掘り込まないと類型的で安易なセンチメンタルに堕してしまう。エピソードがマッチポンプになってしまうのだ。ロード・ムービーを即興で作る手法の限界といえる。
ロベルトとブルーノの出会いで始まった物語はロベルトの旅立ちでおわる。ラストカットのホテルのネオンを使ったエンドがゴダールっぽい。
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