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アステロイド・シティのsaekoのレビュー・感想・評価

アステロイド・シティ(2023年製作の映画)
3.0
最近聞き知ったことなのだが、人にはどうやら文化的体力なるものがあるらしい。音楽や、文学や、映像などの娯楽をいち視聴者として享受することにも、どうやらエネルギーが必要らしいのだ。時間と体力を潤沢に持て余していた学生時代には想像もできなかったことだが、ふと振り返ってみるとfilmarkで映画の記録をはじめて早8年。そのうち何本が社会人になってから鑑賞したものだろうか?と考えると、あまりにも僅かな数である。預金口座の残高と体力は反比例する法則なのだろうか。これまごうことなき文化的体力の枯渇である。ウェス・アンダーソン新作公開にミーハー心を高鳴らせて久しぶりに映画館に足を運んだものの、滔々と展開する物語に目が滑るばかりで気持ちがついてゆかない。文化的体力の鍛錬を怠ったばかりに感受性も萎びてしまったのか。自分の感受性くらい自分で守ればかものよ、と茨木のり子氏の叱咤が脳内に響き自責の念に駆られるものの、レビューを開いてみると、わかりづらいというコメントがちらほら散見されてほっと安心した。これは作品が難解であるか、鑑賞者全員が茨木のり子にガンギレされるレベルの感受性であるかの二択である。

作品は1940年代を思わせるようなモノクロの演劇と、ポップでカラフルな色彩が眩しい劇中劇を行ったり来たりしながら進む。脈絡のないキャラクターたちの会話が続いたり、かと思えば奇想天外な展開が当たり前のようにぶち込まれたりと、頭が?でいっぱいになるような流れなのだが、不思議となんだか清々しい気持ちで観られるのはウェス・アンダーソンらしいシニカルなユーモアやシュールな世界観の愉快さがなせる技だろうか。

おもちゃのような世界観がかわいいアート作品としても楽しめるし、SFオカルト映画とも言えるし、心に傷を負った人間同士が不意に邂逅してすれ違っていくドラマともとれる。ただ考えながら、この物語のどこかに無理やりメッセージ性を見出してなにかを定義するのは我ながら野暮だなあと思った。芸術に現実の問題を持ち込んで解決を求めるなという文章を最近どこかで読んだような気がする。どんな作品だったかを、現実の卑近な出来事と重ね合わせて言語化してわかったつもりになるのではなく、よくわからなさの中でなにかに惹きつけられながら感情に身を任せて揺蕩う。たしか映画を観るってこういうことだったかもしれない。
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