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ある男のYAEPINのレビュー・感想・評価

ある男(2022年製作の映画)
3.7
実に1ヶ月ぶりに観る映画…。

ひょんなことから知り合い、結婚した夫が不慮の事故で亡くなった。
一周忌に訪れた夫の兄を名乗る人物が遺影を見ると、そこに夫の写真は無いと言う。
安藤サクラ演じる妻は、前夫との離婚調停を依頼した人権派の弁護士を頼り、夫の身元調査を行っていく。

予告の印象だと、本作は安藤サクラが中心となって夫の正体を探っていき、その過程で置き場の無い感情に葛藤する、という構成かと思いきや、妻夫木聡演じる弁護士が登場してからは、彼に物語の主軸が置かれていた。
日本に帰化した在日朝鮮人である弁護士は、高級マンションで妻子に恵まれた生活をしながら、自分の生い立ちに影を感じており、身分を偽って生きた男の身元探しに執心する。
妻夫木聡を映画で久しぶりに観たが、品行方正に暮らしつつも気軽に口に出来ない怒りや苦悩を抱えている様子がよく表現されていた。

一方で、愛した家族が身元不明であることを知る妻子のエピソードは思ったよりあっさりしており、特に安藤サクラの気持ちの揺れはほとんど見られない。
どちらかというと、前夫との息子の描かれ方と役者の演技が素晴らしく、安藤サクラの方はその息子に寄り添う姿が美しく描かれていた。
繊細な時期に家族の喪失を何度も味わい、自身のアイデンティティが激しく揺り動かされている中で、それでも少しずつ消化して自立していく息子をひたすらヨシヨシしたくなった。少し話がうますぎる気はするが。

それにしても窪田正孝はいつ観ても本当にかっこいい。
この役のためにかなり身体を絞っており、爬虫類のような丸い瞳とこけた頬がいつも以上に印象的だった。
他者との積極的な関わりを忌避しつつも、子供と接する時には急に屈託のない笑顔ではしゃぐ姿に切なくなった。
血の繋がりを嫌悪していた彼が、生まれ変わって、知らない土地で愛する家族を持つことができたのは、奇跡のようなことだったと後から気づく。

そんな濃厚な人間ドラマが2つも繰り広げられて既にお腹いっぱいなのに、窪田正孝と戸籍を交換した人の周辺人物まで描かれており、少し盛り込みすぎな感はあった。
それよりは、安藤サクラと窪田正孝の生活描写に時間を割けば、彼女が夫の過去をしっかりと受け止められたことに対する説得力がより増したと思う。
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