ペコリンゴ

ある男のペコリンゴのレビュー・感想・評価

ある男(2022年製作の映画)
4.2
記録。
愛した夫は、まったくの別人でした

第65回ブルーリボン賞最多6部門ノミネートが決定、平野啓一郎の同名小説を映画化したヒューマンミステリー。

離婚を経て故郷に戻った里枝は「谷口大祐」と出逢い再婚。やがて娘が産まれ、前夫との息子も大祐によく懐き、家族の穏やかな日々が流れていく。ところがある日、不慮の事故で大祐は死亡。その後、一周忌法要にやってきた大祐の兄は遺影を見て、これは弟ではないと言う…「この人、誰なんですか?」

…亡き夫は別人だった。
身辺調査を依頼された弁護士・城戸が「谷口大祐」として生きた”ある男”の真実を追う物語。

端的に素晴らしい作品でした。

本音を言えばミステリーとして強い魅力は感じず、明かされる真実自体もそこまで驚く事は無かったです。

では何が良かったか?
人間の個々を形作るものは何なのか、そして他者の何を見てその人を判断するか…時にハッとさせられ、安堵し、考えさせられる。そんな人間の本質を見つめたドラマ性だと思います。

他人になりすました「谷口大祐」もとい「X」、そして真実を追求する探偵役の城戸。両者共にある種の共通項があり、そこには持てる者持たざる者の隔たりはありません。

これは程度の差や性質は違えど、我々は皆何らかの形で当事者であることを示唆し、他人事ではいられない普遍的なメッセージを発しているように思えました。

そんな高いドラマ性を持つ本作、役者が凡庸であるはずがありません。

冒頭から一気に観客の心を鷲掴む安藤サクラ、同じ役者が演じているとは思えない程様々な側面を見せる窪田正孝、内に抱えるものとその爆発を鮮烈に表現してみせた妻夫木聡。

脇を固める役者も含め、日本映画界の本気(ガチ)を叩きつけられたようなキャストの共演は見応え抜群。特に妻夫木聡と柄本明の対峙には手汗が止まりませんでした。

何をもって自分なのか。
それは一面的であるはずもなく、他者についても同じことが言えるはず。

人を見る目が、そして自分を見つめる目が変わるかもしれない。そんな一本でした。