大道幸之丞

ある男の大道幸之丞のネタバレレビュー・内容・結末

ある男(2022年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

第46回 日本アカデミー賞最優秀作品賞作品。原作は平野啓一郎。よい作品といえる。

※これを読んでいる方々はすでにこの映画を視聴済みと判断し、概要は省きます。

まず谷口大祐/ある男X役の窪田正孝はいい役者で、物語が果たしてどちらにでも転ぶ可能性あるような、物語の先を悟らせないキャラクターだ。

また、原作では「小柄」とされていた谷口里枝役の安藤サクラも30代で離婚し子持ちで母性もあり、ただし年齢的にもまだ「おんな」の部分もしっかり漂わせている、私生活でも母親でもあるので「地」もあるのだろうが、かなり難しい役柄をほぼ完璧に演じきっている。

谷口里枝の離婚で介在した過去があって、今回の捜索に巻き込まれる城戸章良(妻夫木聡)もはまり役だ。私は彼のファンだ。

——ともかく全体的にキャスティングと、上手にアレンジした脚本が本作を成功に導いている。

原作の「序」で城戸章良は平野氏がバーで出会った実在する弁護士で、仕事で関わった被疑者の経歴をさも自身の経歴であるかのように嘘の経歴で自己紹介する風変わりな人物として紹介している。

本作のメッセージを端的に言えば「過去を交換した人物だとしても、現実に心を寄せて愛し合った関係そのものは現実である」——と言いたいのだと思う。

人間関係の状況設定が非常に面白くそれだけで充分成立しているのだが、平野啓一郎の悪いところがこの作品に小さくない「キズ」をつけてしまっているの残念だ。

結局、谷口大祐を名乗る原誠が殺人者の父親を持つ事でボクシングで日の目を観ることで自身の背景が明るみに出る事を恐れ嘱望される中、新人戦を辞退し、結局戸籍を2度交換するのだが、

自分自身が原因ではない。生まれついた家庭の背景を差別をして良いのかどうかの問いかけを、城戸章良が帰化した在日朝鮮人である設定にして、原の内面が人一倍よく分かる——という立て付けにしている。さらには劇中のTV番組で排外主義(レイシスト)の場面をも映し出すというしつこさ。

これ、ワタシ的には不要だと思うんですよね。SNSや対外的に政治的な発信の多い平野氏の「ひと言余計な性格」が出てしまっているような気がして仕方がない。脚本化の時点で省いても良かったのかと思うが、平野氏が承知するはずがないでしょうね。それが大切だと思いこんでいるようなので。

そう一度思ってしまうと。小籔千豊演じる弁護士の同僚中北が唐突に過去の「戸籍交換ブローカー」の話を持ち出すくだりも「作者都合」の雑さに気づいてしまう。また、谷口大祐が好んだ「スケッチ」ももっと活かせたのではなかったかと思ってしまう。