KnightsofOdessa

リフレクションのKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

リフレクション(2021年製作の映画)
4.0
[あるウクライナ人医師の破壊と再生の物語] 80点

2021年ヴェネツィア映画祭コンペ部門出品作品。ヴァシャノヴィチは前作『アトランティス』がオリゾンティ部門の作品賞を受賞しており、コンペに昇格した形となる。2014年11月、地元の病院に勤める外科医のセルヒイは、娘ポリーナの誕生日を祝いに屋内サバゲー会場に来ていた。ポリーナとの仲は良好で、別れた妻オルハや彼女の現在の夫アンドレイとの仲も悪くはないようだが、筋肉質な戦士のアンドレイとヒョロいセルヒイは対照的で、そこに最初の"リフレクション≒鏡像"を見ることができる。二人は機能不全に陥った野戦病院から大量の負傷兵が担ぎ込まれる病院と、多くの仲間が亡くなったという前線での話をしているが、その後ろでは子供たちが無邪気にカラボールを撃ち合っている。そして、二人の会話はガラスにぶつかるカラボールの音にかき消される。ここに二つ目の"リフレクション"として二つの空間を隔てるガラスがフレーム内フレームとして置かれ、物理的な距離の近さに反して離れているように見える事象を提示していく。ペイントボールの撃ち合いも、搬送が間に合わずに亡くなった兵士の遺体も、大雨も夜景も、観客から及びセルヒイから遠ざけられている。それは戦場に帰ったアンドレイに対する、ある種ブルジョワ的な罪悪感の具現のようで、すぐに彼は前線へと旅立ち、捕虜となって凄惨な拷問の数々を目撃することとなる。それにしても、あまりにも現実とリンクしすぎていて鬱々としてくる。このままの場面が本当に起こっていないことを願うばかりだ。

本作品は、ワンシーンフィックスワンショットというロイ・アンダーソンみたいなスタイルで構成されたあるウクライナ人医師の破壊と再生の物語である。上記世界を隔てるガラスを含め、徹底的にフレーム内フレームを多用することで、世界を分割し、距離を変幻自在に操っていく。特に力を入れているのはガラスの有無による空間の描き方だろう。序盤のガラスはカラーボールや雨から身を守るためにあり、銃弾によってフロントガラスが破壊されることで日常から引きずり出され、窓のない=奥行きのない部屋に押し込められる。象徴的なのは窓ガラスにぶつかった鳩の挿話だ。目に見えない事象(窓の反射/戦争)に飛び込んで亡くなるというメタフォリカルな存在でありながら、貫通もしないまま外世界から内世界に干渉することで、自由に飛んでると思ったのは幻想であることを提示し、その痕跡は聖痕のように窓に残り続け、その葬儀は捕虜時代の"労働"と重なっていく。戻ってきても元には戻れぬまま、過去に囚われ続けていることを鳩を中心に提示していくのだ。

本作品では、フィックスの規則を破り、不意にカメラが動き出す瞬間が何度か訪れる。ワンシーンフィックスワンショットでウクライナのユーロマイダンを描いたセルゲイ・ロズニツァ『Maidan』も同様に、観察者としてのカメラが現実に引きずり込まれ、動かざるを得なくなる瞬間が訪れた。本作品はあからさまな静と動の対比によって、人間を根本から変えてしまう悪意と、そこから抜け出すために必要なエネルギーを正確に捉えているのだ。

ちなみに、娘ポリーナを演じる Nika Myslytska は監督の娘らしい。曰く、"他の子供に十何テイク頼むより簡単"とのこと。
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