幽斎

リフレクションの幽斎のレビュー・感想・評価

リフレクション(2021年製作の映画)
4.0
ウクライナ映画二本立て
2019年 4.4 Xudoznik アメリカ表記Atlantis レビュー済(オリジナルでは無い)
2021年 4.0 Vidblysk アメリカ表記Reflection 本作、続編では無い

ウクライナ映画人支援緊急企画として、Valentyn Vasyanovych監督作品上映会の盛り上がりを受け,全国でロードショー公開。集まった600万円近い想いは、支援団体International Coalition for Filmmakers at Riskへ寄付された。ヴェネチア映画祭金獅子賞ノミネート。京都のミニシアター、出町座で鑑賞。

「アランティス」「リフレクション」共にValentyn Vasyanovych監督。直接的な関連作品では無いが、通して観ると監督の世界観、ウクライナの現状がとても良く解る。ニュースで見掛けるマリウポリの製鉄所とか、終ぞ知らない実体も登場。Andriy Rymarukは、其々SerhiysとAndriiと別の役で出演してる。

ウクライナ映画なら結構見てる。レビュー済で言えばVáclav Marhoul監督「異端の鳥」。Ilya Khrzhanovskiy監督「DAU.ナターシャ」。Agnieszka Holland監督「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」。観た作品ではMyroslav Mykhailovych監督「ザ・トライブ」。Boris Vasilyevich監督「青い青い海」。Benedikt Erlingsson監督「たちあがる女」。全てポーランド等の周辺国の制作会社の協力。

東京国際映画祭に来日したValentyn Vasyanovych監督と言えば、「ザ・トライブ」撮影と編集を担当、ウクライナ映画史上最大のヒットを記録。カンヌ映画祭批評家週間でグランプリを獲得する等、世界的に大きな評価を得た。ウクライナでは本作を含め7作品を監督したが「Waltz Alchevsk」短くても傑作が有る、日本でも公開される事を望みたい。

原題「Reflection」直訳すると「鏡映」の名の通り、冒頭から印象的なシーンが続く。主演Serhiyは、別れた妻と娘に会いに来た。現在の夫Andriiはヤツレタ姿の彼に、酒を用意する。だが、彼は酒を飲む事を躊躇う。戦場で悲惨な体験をした彼は、生き残った慟哭から酒に溺れる事を躊躇する。娘Polinaは、公共施設でサバゲーに興じるが、その銃声にも彼は心を痛める。ガラス張りの空間にペイント弾が着弾。だから「リフレクション」。アトランティスとは全く違うアプローチが実に面白い。

レビュー済「アトランティス」は近未来、本作は同じ戦争ドラマでも2014年ロシアのクリミア侵攻を皮切りに起きた、ウクライナ東部の戦争を背景にする。戦火の前線で捕虜に為り壮絶な拷問を受けた外科医。平穏な日々が続く首都キーウに帰還すると、普段の生活を送りながら、戦争で体験した悪夢が癒ぬまま、自分自身を苛む日々を送る。アランティスにも出演したAndrii役のAndriy Rymarukは戦争経験者、戦争に関わった人物を起用する事で、シーンに嘘偽りの無い事を、観客に鮮烈に記憶させる。

外科医Serhiyはオペ室と言う別の戦場に戻る。だが、車で移動中に襲撃を受け捕虜に為る。其処で惨たらしい拷問現場へ連れ出される。医師は患者の生命を守るのが仕事。しかし、戦場では「死」以外の答えは無い。この無力感は筆舌に尽くし難いモノで、生存を問われても結局は処刑されてしまう。貴方が人生に絶望して自殺したいと考えたとする。だが、人は簡単に死ぬるモノでは無い。本当の絶望とは、Serhiyの様に生き地獄を味わう事。「生」と「死」のリフレクションを観客も味わう。因みに劇場で途中退席される方も居た。

Serhiyが戦争前夜に音楽を嗜むシーンが印象的。レコードを丁寧に扱い、心の糧である趣味は豊穣な時間を生み出す。だが、戦場では流れ作業の様に、遺体を焼却する時間に変質する。錆び付いた門の軋む音が鳴る時、死体を穴に入れ焼き切るのを待つだけ。ある日別れた妻の夫Andriiを見つける。今にも死にそうで拷問も苛烈を極める。彼はAndriiを楽にしてやろうと殺してしまう。それが医師である彼の仕事なのだ。

最初のサバゲーとガラスのコンピレーションを見て、私の師匠Alfred Hitchcock監督「鳥」を想い出した。ペイント弾は簡単に消えるが、鳥がガラスに激突すると、痕跡は簡単に消えない。秀逸なのは日常の何気ない筈のシーンが、本作ではあらゆる事象こそが、恐怖の増幅へと浸食する。帰還したSerhiyは、残穢の痛みに蝕まれる。

別れた妻Olhaとの関係も冷凍庫並みに冷え切ってる。Andriiの事は言える訳も無い。娘Polinaが馬から投げ出され怪我をする。ソレ以外にも不気味な不協和音が神経を逆撫でする。当事者しか分らない心の痛み。周囲に居る人達の心の傷。埋め難い溝をリフレクションとして描いてる。アトランティスと違い戦争体験も描かれるが、心の傷と癒やしに注力する点は、アトランティスと同系列。痛みの刻は永遠に引き摺り、消える事は無い。

ワンシーンのアトランティス。本作は室内シーンがグッと増える。カメラの画角と室内の構成はシニカルなガラスのシンメトリー。本作の真の主役はガラスで在り、壁一面のガラスはセーフティゾーンと戦場、生と死、人と人とを隔てるプロトタイプ。ガラスが破られれば、戦場への侵入を意味する。と仮定すれば、自らガラスを突き破り、ガラスの向こうに居る人の心の声を聴く事が、人としての尊厳を回復すると考察する。ガラスは壁では無く透明、何方からでも見える。

劇伴は殆ど無く、環境音と効果音に耳を傾ける。アトランティスとは違い観客が能動的に心理描写の羅列など、何気ないシーンも本当に目が離せない。最近はスマホを弄りながら映画を観る方も増えたらしいが、本作は見逃がし厳禁なシーンでもサラッと流れてしまう。アトランティスを劇場で観た友人は半分寝たらしいが、本作で居眠りする事は無いだろう。現実と虚構の境界線をガラスで揺さぶるプロットは、人間再生のアレゴリーと言える。ロシアとウクライナに普遍的な日々が訪れる事を切に願う。

「お前は外科医だな、コイツ生きてるのか?」命を預かる医師としてこんな屈辱は無い。
幽斎

幽斎