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パワー・オブ・ザ・ドッグのambiorixのレビュー・感想・評価

パワー・オブ・ザ・ドッグ(2021年製作の映画)
3.8
ジェーン・カンピオン監督の映画といえば、むかし見た『ピアノ・レッスン』がなんのこっちゃ分からなかったので、身構えて見ましたがあれと比べるとかなりわかりやすかった。
タイトルの「犬の力」というのは、終盤でも引用されるように聖書の一節に出てくるワードで、ようは弱者を苦しめる圧政者のことなんですね(あとで調べるまでは逆だと思ってた…)。
作中でいうとベネディクト・カンバーバッチ演じるフィルがまさにそうだし、もっというと彼がのべつに押しつけてくるカウボーイ的価値観というかマッチョイズムというか、つまりは時代遅れのスピリット。本作はそういう「男らしさ至上主義」的なものの欺瞞性をはぎ取り見事に断罪してみせる。どうやって?それは映画を最後まで見てください。
だけど、じゃあフィルが自分勝手な思想を振りかざす類型的な悪なのか、と言われるとそんなことはない。彼は彼で自分の考えが時代遅れのものだということは重々わかっているし、そのうえで先代ブロンコ・ヘンリーの西部人的な精神を守っていきたい、そしてそれを受け継ぐのは義理の甥でもある青年ピーターであってほしい、と思っている。さらに、彼が自らの性的嗜好に悩み苦しむ場面や弟の妻に嫉妬したあげく嫌がらせをする人間くさい場面やなんかもあって、結果的にフィルという人物は男らしく振る舞おうとすればするほどどんどんどんどん男らしさから遠ざかっていき、理想と現実のギャップの中で引き裂かれてしまう。途中までは見ていて本当に悲しいんだけれども、これらの立体的な描き込みのおかげで観客がきちんと感情移入できるキャラクターになっている(っていうかフィル以外には感情移入できなかった)。だからこそラストシーンはざまあみろとはとてもじゃないが思えず、複雑な気持ちで見てしまうのよね…。
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