Gaku

パワー・オブ・ザ・ドッグのGakuのレビュー・感想・評価

パワー・オブ・ザ・ドッグ(2021年製作の映画)
4.0
 1920年代半ば、牛飼いたちが活躍するモンタナの荒野の中、フィル・バーバンク(ベネディクト・カンバーバッチ)とジョージ(ジェシー・プレスモン)の二人の兄弟が牧場を仕切っている。牛たちを市場に出すときにいつも使う鉄道町の宿場食堂には未亡人のローズ・ゴードン夫人(キルスティン・ダンスト)とその一人息子のピーター(コディ・スミット=マクフィー)がいた。
 フィルは荒くれものが揃う牛飼いの間でもカリスマ的に振る舞い、マチズモたっぷりにローズやピーターといった「女子ども」を鼻でせせら笑い、ピーターが食堂を飾るために紙で作った造花をタバコの火にして燃やし、食堂でも我が物顔に振る舞う。あまりのフィル傍若無人ぶりや暴力性にローズは夜半の食堂で泣き崩れるが、気の弱いジョージはローズを慰め、やがてその交流はフィルの反対にもかかわらず、二人の結婚へと繋がる。
 だが、フィルを含めての三人の同居はうまくいくわけもなく、やがて寄宿学校から夏休みに戻ってきたピーターはローズが精神的に追い詰められ、酒に溺れている状況を目にする。そしてフィルの関心はピーターへと向かい…。
 冒頭から見せられる静謐だが何かしら不穏に満ちたモンタナの風景に観客は常に引き寄せられる。何かが起こっているが、それは画面の風景からは見えず、ただただ潜んで、こちらを伺っていることだけが分かる。そして、その暴力は実のところ、我々が当初予想していた場所から離れ、それでいて、最後には打ちのめされる。そういう意味で、精神的にエッジの効いた映画体験だった。
 監督のジェーン・カンピオンが『ピアノ・レッスン』の頃からフェミニズム理論の視点で映画を撮っていることは承知していたが、しかしこの二十年近くで、男性的な暴力(性的なマイノリティの「男性」を含む)に対して凄まじいアンチの感覚を研ぎ澄ませてきたように思う。後味が悪く、胃臓六腑の落ち着きが悪くなるような作品だが、このギリギリに攻め、見事な結末を見せたことに感服。好き嫌いは分かれると思うが、いやはや名作である。
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