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あのことのしののレビュー・感想・評価

あのこと(2021年製作の映画)
3.6
ここ数年の映画でも一二を争うレベルでキツい、しかし意義のある映画体験だった。『17歳の瞳に映る世界』とはまた違った、性にまつわる非対称性の体験。スタンダードサイズで被写界深度の浅い画は、主人公が押し込められている「選択肢のない」孤独な世界を味わわせ、スリリングですらある。

とにかく痛くてキツい、しかし逃げ場のない長回しが強烈。映画として評価しようとすると、キツいものをずっと映されたらそりゃキツいわとは思ってしまうが、逃げ場のない映画館で観ると同期体験はある。とはいえ、一番辛かったであろう二度目のアレは省略して「地獄から生還できるか」サスペンスに振るあたりはセンスを感じた。

個人的には、このサスペンス感が印象的だった。妊娠週数をある種のカウントダウンとして提示するのもそうだし。また被写界深度の浅さも、単に窮屈さの演出ではなく、周囲からの視線をぼやかすことで、「自分のこの身体のことがバレないか」「自分がやろうとしていることがバレないか」というスリルに寄与していた。

そしてすごいのが、女性の欲望をちゃんと描いていること。無理やりやられてひたすら可哀想、的な話ではなく、あえて「自業自得じゃん」と言われる余地を残している。それによりむしろ非対称性の残酷さが際立つのだ。早い話、同意の上かどうかとか関係なく、片方に負担が重すぎるのはどう考えてもおかしいだろ、ということだと思うし。

こうした点が『17歳の瞳に映る世界』とはまた違う体験性をもたらしている。あちらは男性不在のロードムービーとすることで非対称性の残酷さをじわじわと際立てていたが、本作は相手の男が登場する(それでも後半になってだが)ぶん、梯子を外された孤独感が直球だし、どちらかというと孤軍奮闘するサスペンス映画の作りになっている。これは中絶が違法とされていた時代を舞台としているぶん、より孤独感・不安感が強調された作りになっているということだと思うが、一方で、時代が変わっても非対称的な社会構造は根本的に変わっていないことがよく分かる。とはいえ、本作は直接的なショッキング描写に頼りすぎな気もするが、比べて鑑賞する意義はあった。
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