柿トマト

あのことの柿トマトのレビュー・感想・評価

あのこと(2021年製作の映画)
5.0
舞台は1960年台、フランス。まだ法律で中絶が禁止されていた時代の物語。主人公・アンヌは文学を学ぶ女子大生で成績優秀で将来が期待されている。

そんな彼女はある日、自分の身体に違和感を覚える。おそるおそる医院に駆け込むと、医者から告げられる、妊娠していることを。思いがけない告知に絶句するアンヌ。このままでは退学を迫られ、今までの努力が水の泡となってしまう。アンヌの考えることはたった一つ「堕ろすしかない」。しかし、医者も友人も手を貸してくれない。貸せば刑務所送りになるのだから。ここからアンヌの孤独な闘いの幕を開けることになる。

本作はアニー・エルノーの小説「事件」を映画化。彼女の自伝的な作品なのだという。また、本作の女性監督のオードレイ・ディヴァンも中絶経験者。中絶とはどのようなものなのかと言うのをむざむざと観客に突きつけてくる。正直、自分は男なので、このように映像として体験させられて、その破壊力に打ちのめされてしまった。

本作はただ「堕ろす」という目的に向かって全力疾走する。無駄な感傷を挟まない。ストーリーがしっかりと前に向かって進むので、観客もよりのめり込んで見てしまう。全く飽きがこない間に上映時間の100分がすぎてしまう。

それに、本作はアンヌの視線に寄り添うような丁寧なカメラワークも、面白さを引き立てる要素。常にアンヌの横顔や背中を捉え続ける。学校の講義、友人との他愛無い会話、実家での両親との時間など、常にカメラからそっぽを向いたような撮り方がなされている。真正面から主人公を写すのは、彼女が自身の「痛み」と向き合う覚悟を決めたとき。こんな小粋な演出も感心させられる。
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