Hiroki

ベルファストのHirokiのレビュー・感想・評価

ベルファスト(2021年製作の映画)
3.7
いよいよ近づいてきた2022オスカーで7部門ノミネートの今作品は、イギリスの名優“ローレンス・オリヴィエの再来”ことケネス・ブラナーが監督/脚本で自身の半自伝的作品。

ケネス・ブラナーの出生地である北アイルランドのベルファストで幼少期に起きた“北アイルランド紛争”について描かれている。
本当にこの北アイルランドに関してサッカー好きを除くとほとんどの日本人がよくわからないと思うのだけど、地理的にはアイルランド島の北東部に位置しているが行政的にはイギリスの一部である。これは1920年にアイルランド統治法(第4次自治法案)によってアイルランドが分割された事に由来している。
北アイルランド地域では多数派であるイギリスからの移民の子孫=プロテスタント=ユニオニスト(イギリス領にとどまることを絶対の方針とする組織)と、少数派の元々のアイルランド人=カトリック=ナショナリスト(アイルランド民族主義者)によって分割を擁護する派と反対する派に分かれて暴動が勃発。
その後多数派であるプロテスタント・ユニオニストが手綱を握り、カトリック・ナショナリストへの差別が続いた。
そして1960年代後半にこの差別是正に向けて立ち上がった公民権運動とそれに反発するグループの衝突が起きた事に端を発するのが北アイルランド紛争(“紛争”とここでは使ったが専門家の間では戦争、内戦、テロ、革命など呼称について議論が割れているとの事。)である。
これ以上長くなると世界史の講義になってしまうのでさらに気になる方は自分で調べて頂くとして、この映画はそーいう背景の中で生まれ育った少年のお話です。

半自伝的作品という事でこーいう作品に関して内容についてはあまり批評しても意味がないと思っている。
多少の変更はあれ(例えばケネス・ブラナーには兄ではなく弟と妹がいて、移り住んだのはロンドンではなくレディングなど)基本的には幼少期に彼が自身の目で見た事、身体で体感した事が描かれているはずなので。それを他人が「それは違う!」というのは違和感が残る。
なので私がこの映画を観て素直に感じた事を。

構成的には全体として軽快な音楽、コメディ的な表現を多用している。まーこんな時代なのであまりにも悲観的になりすぎないような配慮なのか…それともチャップリン的な風刺なのか…
シーンもぶつ切りになる短いスキットの連続で展開がとても速い。最近のじっくりじっくり長尺で細かく描く映画に慣れているとびっくりしてしまう。ここらへんは昔の海外ドラマや映画の雰囲気がしたのでそこらへんも意識しているのかな…

そして個人的に1番感じたのは、表現が凄く難しいんだけど、映画としてとても“軽い”なという事。
両親のどーにもならない無力感も、本人バディ(ジュード・ヒル)の大好きな少女や祖父母や街の人々など大切な人との別れの辛さも想像する事はできる。
でもそれが私にはスクリーンからイマイチ伝わってこなかった。
紛争の、内戦の、戦争の、テロリズムの、凄惨さや残虐さ過酷さが伝わってこない。
民族や宗教や土地や仲間に対する想い(ポジティブな感情もネガティブな感情も含め)が伝わってこない。
コメディにしても明るく描いてもそれをもっと伝える事はできたと思う。
母親(カトリーナ・バルフ)が生まれ育ったベルファストを去りたくないという強い想いから、でも家族の安全のためにロンドンに移り住むという決断までの心の移り変わりも、もっともっと丁寧に描いて欲しいと思ってしまった。
そしてあざといカットや狙ってるんだろうなーというシーンがこれ見よがしにでてくるのも少しやり過ぎに感じる。
意識的にか無意識的にかはわからないが、誰の口にも合うような口当たりの良い軽い作品になってしまっているような、そんな気がした。
まー彼がそー感じたんだと言われたらそれまでなんですけど。

良かった点は祖父母役のジュディ・デンチ&キアラン・ハインズ。
もーこの2人は会話してるだけで絵になる。
存在している事自体が演技でもあるような。
特にキアラン・ハインズはベルファスト出身(父親役のジェイミー・ドーナンもベルファスト出身。)なので色々思う所もあったのではないかなー。
会話も各所でパンチラインが連発していて、さすが舞台出身のケネス・ブラナーという感じでした。

最後にオスカーに関して。
作品/監督/脚本賞では前評判はそこまで高くないみたいなんですけど、やはり映画は現実を写す鏡だとすると、宗教・民族的な分断を描いている事が昨今の現実とリンクはしてくると思うので、そこらへんがどー影響するか。
助演男優賞は『コーダ あいのうた』のトロイ・コッツァーと『パワー・オブ・ザ・ドッグ』のコディ・スミット=マクフィーの一騎討ち予想という事でキアラン・ハインズは厳しいかな。
助演女優賞は『ウエスト・サイド・ストーリー』のアリアナ・デボーズがフロントランナー。『パワー・オブ・ザ・ドッグ』のキルスティン・ダンストが対抗馬みたいなのでこちらのジュディ・デンチも少し厳しいのかなーと思います。
他の作品と比べると無冠も致し方なしという感じでしょうか…

2022-33
Hiroki

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