stanleyk2001

ベルファストのstanleyk2001のレビュー・感想・評価

ベルファスト(2021年製作の映画)
3.9
『ベルファスト』(Belfast)2021

「アイルランド人は島を出ていく様に生まれついてるの。じゃないと世界中からパブが無くなっちゃうでしょ?」
「アイルランド人に必要なのは電話とギネスと『ダニーボーイ』の楽譜よ」

ファーストショットはカラーの空撮ショットだ。白黒映画と聞いてたのに?と思ったら1969年の場面になると白黒になった。カラーの空撮部分に造船所が写った。船の形をした芝生があった。多分芝生はタイタニック号の大きさと同じなのだろう。ベルファストはタイタニック号が建造された街なのだ。しかし1969年当時は不景気なので主人公の父親はロンドンに出稼ぎに出ている。

007のアストンマーチンDB5のマッチボックス製ミニカー、「サンダーバード」のコスチュームセット!出稼ぎの父親は精一杯プレゼントを用意したんだな。

「宇宙大作戦」、「恐竜100万年」、「チキ・チキ・バン・バン」、ケネス・ブラナーの少年期を彩るガジェットは日本と変わらない。(「マイティ・ソー」のコミックブックは日本にはなかったかも)

バディが住むベルファスト15区はまるで「三丁目の夕日」の様な昭和の下町だ。街の大人たちはみんな子供の名前を知っていて一声かける。子供を地域社会が育てている。この地域社会の温かさはとても懐かしい。昭和の日本と同じだ。

しかし日本には無くてベルファストにあったのはプロテスタント系住民がカトリック系住民を排除しようとする暴力だ。

元々イングランドもアイルランドもカトリックの国だった。イングランド国王ヘンリー8世は夫人キャサリン・オブ・アラゴンと離婚してアン・ブーリンと結婚したかった。そこでローマ教会にキャサリンとの結婚が無効だと申し立てたがローマカトリックから拒絶された為、英国国教会を作ってプロテスタントがイングランドの国教となった。

アイルランドの北東部ベルファストがあるアルスター地方はイングランドから移り住んだプロテスタント信者がカトリック信者と共に暮らしていた。

1920年代アイルランドがイングランドから独立した。しかしプロテスタント系住民はアイルランドに組み込まれることを拒絶し北アイルランド独立を目指して対立闘争が続いて来た。

そしてこの映画で描かれた1960年代後半に抗争は過激化した。

バディの父は同じプロテスタント系住民ビリー・クラントンとマクローリー(OK牧場の悪漢と同じ名前)からカトリック系住民を排除する暴力行為に加われと脅されるが拒絶する。

子供たちの中にはカトリック排除にワクワクして参加する者もいる。

モイラ「パトリックとかショーンとかそういう名前はカトリックだから気をつけないと」
バディ「トマスは?」
モイラ「プロテスタントよ」
バディ「ウチの近所のトマスはカトリックだよ」

プロテスタントもカトリックも同じアイルランド人なのに違いを見つけて差別して排除しようとする。これはヘイトクライムだ。

たまたまこの映画が公開された今、ロシアがウクライナに攻め込んでウクライナ国を地上から消滅しようとしている。同じスラブ民族なのに。

ケネス・ブラナー監督はまさかこんな時期に公開されるとは思っていなかっただろうけれど正に今必要とされる映画を作ったとも言える。

人情味溢れる家族ドラマ(ジュディ・デンチが素晴らしい)と人間同士が対立する虚しさを描いたとても良い映画でした。

追記
パパが「息子たちを立派に育ててくれてありがとう」とママに感謝していたのもブラナー監督の実話なのだろうか?だとすると良いお父さんだ。もしかしたらここだけワンオペママに感謝する様に価値観をアップデートしたのかもしれないけど。
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