幽斎

ワース 命の値段の幽斎のレビュー・感想・評価

ワース 命の値段(2019年製作の映画)
4.4
【幽斎的2023年ベストムービー、ミニシアター部門次点作品】
9.11の被害で補償金を公平に分配する為、命に値段を付ける弁護士の実話を「バットマン」Michael Keaton主演で映画化したソーシャルプロブレム・ドラマ。京都のミニシアター、京都みなみ会館で鑑賞。長い間、ありがとうございました。

2001年9月11日同時多発テロ事件。物理学素人の私が考えても鉄骨の高層ビルに航空機が激突した位で、ビルの解体爆破の様に綺麗に崩れる事は本当に在り得るのか?。私の父親の友人はマンハッタンのミッドタウン、マディソンスクエアガーデンの近くで働き、真近に居たが、幸いペンシルベニア駅の地下に居たので難は逃れた。今では父と一緒に映画談義する仲だが、9.11関連の映画は正直、観る気が起きない程度のトラウマは有る。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm8046704

本作は調停と紛争解決を専門とする弁護士Kenneth Roy Feinbergの回想録「What Is Life Worth?」が原作。第一印象は「よく創ったな」に尽きるが。制作と配給会社を見て納得。制作したHigher Ground Productionsの創設者はBarack ObamaとMichelle Obama、名前に見覚えは有りません?。アメリカ元大統領夫妻がオーナーで、Netflixと提携して創られた。初の黒人大統領が誕生したが、中間層は貧困に追い遣られ、現在の分断社会を生み出した張本人。何かの罪滅ぼしと言うなら観ないでもない(笑)。

9.11テロで犠牲に為った被害者と遺族を救済する為に政府が立ち上げた「補償基金プログラム」。大阪で追突事故を起こしたら、逸早く外に出て先に怒った方が勝ちと言う都市伝説が有るが(嘘)。同じ様にアメリカも何事に於いても訴訟が付き物。マックのポテトで火傷したと訴えて何億円貰える夢の国。設置が9月22日と異例に早く、実は事前に用意されたとの噂もある「航空運輸安全及びシステム安定化法案」、George W. Bush大統領、別名バカ・ブッシュが署名。未曾有の事件だけに今までの常識は通用しない。

カンの良い方ならお分かりの通り、9.11なら一般人も大企業を簡単に訴える。バカ・ブッシュが真っ先に考えたのは、自分を支持してくれる有権者ではなく大企業と富裕層。つまり、表の顔は被害者救済でも、裏の顔はコングロマリットを守る為に此の法案は創られた。アメリカでは夫婦喧嘩でも裁判で争う国なので、会社の同僚や上司との軋轢、家の隣人同士の揉め事等、法令に抵触しなくても民事でバンバン訴える。と言う事は、9.11は史上最大の人身事故とも言え、先に訴えた方が断然有利なのだ。

しかしである、主犯はアルカーイダ、Osama bin ladenを連れて来るか?。イスラム過激派を被告にする事は不可能。批判の矛先はユナイテッド航空とアメリカン航空か?航空会社が乗客の身元をきちんと調べなかったからだ!はい、勝訴。飛び立ったダレス空港やニューアーク空港のセキュリティが脆弱だったから、はい、勝訴。そもそもワールドトレードセンター・ツインタワーなんか建てるからテロリストに狙われた、はい、勝訴。京都人にはイチャモンにしか見えないが、訴訟の矛先は無限に有るのです。

もし、犠牲者約7000人が同時多発的に訴えたら賠償額は天文学的な数字に膨れ上がり、結果的にアメリカ経済が破綻する恐れも有る。本当にアルカーイダの策謀なら、アメリカ経済が傾く事は彼らの勝利。ソレだけは何としても避けたいとプログラムは可決した。アメリカではレビュー済「スキャンダル」「SHE SAID/シー・セッド その名を暴け」の様に提訴を「放棄」する権利も有る。政府が「公的に」賠償するのではなく、お金を幾らか配って提訴を取り下げて貰う。2013年ボストンマラソン爆破テロ事件も賠償金は支払われないので、彼も関わった。本作は犠牲者の境遇から算出。此れで本当に良かったかを観客も一緒に成って考える。シリアスな展開でも、不可思議な面白さに満ちている。

日本人から見たら「不完全な国だな」と思うだろう。正月気分をブッ飛ばした能登半島地震。被害に遭われた方には謹んでお悔やみ申し上げるが、日本は慣例上、個人に保障はしない。幾らかの給付金、利息無しの支援金が有る位で、本作の保証の方が実際は随分と手厚い事に気付くだろう。日本も税金を大幅に減らして医療や年金は自己管理するべきかもしれない。何て誘導には死んでも乗らないゾ(笑)。

秀逸なのはFeinbergの人物像の描き方。アメリカ国民を敵に回す本作の案件を、なんと「無報酬」で引き受ける!ビックリマークも当然。人に値段を付ける事を買ってでた時点で、彼は途轍もなく良い人に見える。しかし、映画の中では悪意は無いけど人として褒められた人物で無い事も赤裸々に見せる。紛争解決を専門とする彼は調停のプロで、輝かしい実績も有る有名人。そんな彼の仕事振りは中々にイケ好かない。調停者として和解を成立させた算出方法で人の値段を決める。被害者個々の実像はスルーされ、話を聞いてもメモすら取らない。家族の会話や食事でも同じ、有能な弁護士が実は何も出来ない人物だと自らにレッテルを貼る。本当にコレで良いの?(笑)。

良い訳ないですよね。プログラムに反対するグループ、部下やスタッフの意見を聞く事で、世間から立派な人物と認識される彼でも、考え方を変えれば更に人としての髙見を目指せる、別角度のプレゼンテーションも有る。海千山千でもキャリアや年齢に関係無く、噴出する課題を解決する事で得られるのは、人としての成長。事実確認と映画としてのエンタメを両立させた手腕を高く評価したい。愛国者法を推し進めたJohn Ashcroft司法長官や、プログラムを骨抜きにして、富裕層に訴訟を仕掛け儲けようとする弁護士(名前は架空)等、共和党の政策を映画を通して大統領選挙前に批判するのはObamaらしい狡猾さも透けて見える。貴方が黒人でもエスタブリッシュメントなのは、とっくにバレてるのに。

私の近親者が犠牲に為ったら相場が100万円でも、1000万円でも1億円でも納得する事は難しい。日本は「日本航空123便墜落事故」参照対象だろうが、コレも謎を多く残した事件。一般的な学歴や年齢を基にした生涯賃金を換算して補償金が支払われた。本作の様に浮気がバレたり隠し子が居たとか、美しいストーリーで終わらせない悲哀も感じる(笑)。プログラム基金の支払い対象5560人、支払総額70億$、拒否94人。2003年終了も支援は今も継続されてる。結局、金目が一番人間の本当の姿が見えるのだ。

Michael Keatonの静かな演技で全て浄化された様に私は感じ、最後に劇場に感謝した。
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