まさか

帰らない日曜日のまさかのレビュー・感想・評価

帰らない日曜日(2021年製作の映画)
4.0
第一次世界大戦後のイギリスを舞台に、貴族の家に生まれ、一族の後継者として期待されるポール・シェリンガムと、孤児院育ちで、別の名家でメイドとして働くジェーン・フェアチャイルドの秘めた恋、そしてジェーンのその後を描いた物語。

このように説明すると、身分の違いに悩む恋人という通俗的なパターンで描かれた凡庸な作品と思われがちだが、そうではない。2人は身分の違いに翻弄されているが、打ちひしがれてはいない。

そして、物語は2人の愛の他にいくつかの重要なテーマが絡み合いながら紡がれてゆく。イギリス社会に刻まれた近代戦争の深い爪痕、貴族社会における「家」の重さと「個人」の自由、そして女性の自立。この三つである。今から100年前の物語でありながら、今日なお世界中で未解決の課題であり続けているテーマだ。

中でも、もっとも重要なテーマに位置づけられているのは女性の自立かもしれない(ヴァージニア・ウルフのとある作品も効果的に使われている)。前半では因習に抗いながらポールとジェーンが育む愛が、後半ではジェーンの自立が描かれる。全体を通して見れば、悲恋の物語であると同時に、社会的に低い身分をものともせずに自分の力で人生を切り拓いた女性の人生讃歌にもなっている。

冒頭、ポールの口元のアップだけで物語の導入を語らせる演出に意表を突かれる。極端とも言えるほど人物の顔に寄ったカメラワークが時折見られるが、それが人物の内面を映し出すために大きな効果を生んでいる。

対照的に、引いたカメラがとらえるイギリスの田園風景の穏やかな広がりが、この上なく美しい。緑色の丘や青い空は何も語らないけれど、傷ついた人々を静かに見守ってくれる。この風景を大きなスクリーンで見られるのも本作の大きな魅力だと思う。

監督のエヴァ・ユッソンは1977年生まれで、フランス、アメリカ、イギリス、スペイン、プエルトリコなどで暮らした経験のあるコスモポリタン。長編2作目の『バハールの涙』で注目を集めた。

女性監督ならではの配慮が行き届いているためだろうか、ジェーン役のオデッサ・ヤングが一糸まとわぬ姿で屋敷の中を歩き回る長回しのシーンや、ポール・シェリンガム役のジョシュ・オコナーとのベッドのシーンが美しく、とても印象的だ。

孤児と生まれたジェーンはその後、「これ以上失うもののない強み」を胸に刻んで、いくつかの哀しみを乗り越えて自分の力で道を切り拓き、自らの望みを叶えることになる。前期高齢者の男の僕が観ても心動かされたが、女性ならもっと切実に感じられ、あるいは勇気づけられることもあるだろう。静かに沁みる作品である。
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