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アルピニストのkmiwのレビュー・感想・評価

アルピニスト(2021年製作の映画)
4.5
働いている人ならば、1度は誰もが「いやもう毎日ね、命削って働いてますよ」とかなんとか口にしたことがあるんではないか?
🤫以下ネタバレ含む

このドキュメンタリーはそんな軽口ではなく、正真正銘命削ってクライミングに挑み続けたある若者の記録です。

普通に人生を歩む場合、または特殊な状況(戦時下などなど)にいない場合、いつかは死ぬ日がやってくると知ってはいるが、さほど意識せずに暮らしていくだろう。
だがクライマー達は違う。死を強烈に感じながら切り立った山肌を、最低限の道具のみで登り続ける。垂直の崖だもの、一手のミスで死に直結である。
なぜそんな事をするのかは、きっと登った人々にしか理解は出来ないであろう。

僭越ながら想像するに、目先の生き死によりも、自然と渾然一体となるエクスタシーや自分への異常なほどの集中力(集中しないと御陀仏だもの)と、やりきった時の解放感があまりにも忘れ難く、いわゆる普通の生活に戻れなくなった人々なのか。ある意味ジャンキー。

この作品の主人公、マーク・アンドレ・ルクレールは子供の頃から少し変わったお子だったそうだ。ADHDね。母親がそんな彼を自由に育て、選択肢と環境を彼に与えたおかげで、若いながらもクライマーとして一目置かれる存在になったわけだが、結局はその選択が彼の命を奪うことになった。
難易度の高いパタゴニアのセロ・トーレというお山の困難ルートを単独登頂した直後、アラスカで下山の際雪崩に巻き込まれ、捜索するも発見されず。享年25歳 。
ドキュメンタリーの撮影隊もこの結末は想定外の悲しい話ではある。
だが、濃密で、生きるということを改めて考え直したくなるとても力強い作品。
マークのなんと生き生きとしていることか!彼の倍は生きている私の人生が薄く、間延びしているように思えて、何に対してということでもないが後ろめたい。
後悔は山ほどである。若い頃はこういう作品に興味を持たなかったが、観ていればまた違った人生があったのかも。

追:編集の妙もあります。結末を知らない人が観ると、冒頭から終盤まで、マークが今も健在であるかのような作りになっているため、最後の最後に彼が亡くなっていることを知り驚くことでしょう。
ドキュメンタリーは事実そのものではなく、制作者の描きたい事を表現しているのだと改めて思い出す。
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