YAJ

アルピニストのYAJのネタバレレビュー・内容・結末

アルピニスト(2021年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

【到達するまでの旅】

 山岳アスリートの話として観るか、人生を謳歌し己の生を全うした若者の半生記として観るか。あるいは、ADHD(注意欠如・多動症)の息子を伸び伸びと臆することなく育てた母の愛情の物語として観るか。単なるスポーツドキュメントではない、重層なテーマを内包した作品だった。

 我が家としては、アレックス・オノルドをフィーチャーした『フリー・ソロ』(2018)を観ていたので、本作はパスしていた。先日、いつも朝活している近所のカフェで、顔見知りがGW中に見て良かったと言っていたので、アマプラで鑑賞。
 本作の主人公、天才アルピニスト、マーク・アンドレ・ルクレールは、そのアレックス・オノルドに憧れてクライミングを始めたという。本作にもアレックスが登場し、両者のクライミングに対するアプローチの違いも見てとれて面白かった。

 アレックスが登攀記録を残す難壁に挑み、マークがスピードで記録更新をすると(わずか2分だが)、アレックスが再度挑んで、ほぼ半分の時間で登り返すなど、二人の無邪気な(大人げない?笑)競い合いも面白い。天才は天才を知る、というところか。

 『フリー・ソロ』で見せたアレックスの登りも常軌を逸していると感じたが、マークと比較すると、よほど真っ当、というか純然たるスポーツとしてフリーソロに取り組んでいると分かる。アレックスは、まずはザイルをつけ下見をし、ルートを練り、戦略をしっかり頭に叩き込んだ上で、難関と言われる壁に最後はフリーで挑む。
 一方、マークは、初見で登り切るという凄みがある。が、それが無謀というワケではない。事前に天候や地形図を見て万全を期するのは、いかにも現代のアスリートだ(スマホやタブレットで確認するあたりも含め)。ただ、予行演習(アレックスでいうところのザイルを付けての下見)を行わないのは、初めての山、そのルートそのものを、これまでの経験、培ってきた自分のスキルを活かし攻略する、そのこと自体を楽しんでいるからだと感じた。故に、決して、登り切らなきゃという力みもなく、瞬間瞬間を謳歌している。
 そもそもの、アプローチ、ものの考え方、捉まえ方、要は精神構造からして違う。それを、ADHDによる、ひとつの障害と見ることもできるが、もっと天真爛漫な、純粋なものを感じさせてくれる。

「クライミングをすると、人生がシンプルになる。」

 若き天才の、この言葉は、過酷な体験(一般人から見たらね)から生まれた、金言だろうなあ。



(ネタバレ含む)



 含む、ってほどのことはないのですが・・・。
 天真爛漫なマークに、すっかり魅了されたところで、製作陣も予期していなかったラストシークエンスは、「やっぱりな」という思いを通り越して、名状しがたい思いを残す。このラストが加わったことで、作品がより感動的になってしまったとすると、余りにも残酷ではある。

 なので、この結末だけを心に刻むのでなく、マークの歩んできた短い人生と共に振り返ることにしたい。
 もうひとつ、マークの言葉を引いておこう。

「達成したこと自体が人生を変えるわけじゃない。そこに到達するまでの旅が心に残る。」
YAJ

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