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機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島のカポERRORのレビュー・感想・評価

4.2
『機動戦士ガンダム』の初回テレビ放送を、小学生当時リアルタイムで観ていた私にとって、第15話『ククルス・ドアンの島』を観た時の衝撃は、筆舌に尽くし難いものだった。
かくも殺伐とした戦争アニメの中で、唯一、大勢の子供達(総勢20名もの戦災孤児)が登場し、自分達をたった一人で守るジオン兵(正確にはジオンの脱走兵)ドアンに、皆で声援を送るのだ。
無垢な子供達からは、序盤、主人公のアムロが敵として罵声を浴びせられる。
マジンガーZやゲッターロボ、タイムボカンシリーズにガッチャマン…それまで悪者や侵略者をやっつける勧善懲悪の子供向けアニメばかり観てきた私にとって、この光景が如何にカルチャーショックだったことか。
善?悪?
そんな安直な基準で測れないものがこの世界にはごまんとあり、人は皆そうした割り切れないものを背負って生きていかなきゃならない…このエピソードはまだ幼く無知な私にそう言い放ってきたのだ。
その体験は、私にとって”大人への一歩”に他ならない。
そう、『ククルス・ドアンの島』の衝撃は、私にとって言わば『初めてチ〇毛が生えた』に等しい衝撃だったのだ。
そんな特別な『チ〇毛誕生秘話』とも言える(いや言えない)『ククルス・ドアンの島』をリメイクするという尊い行い自体、もはや神事だ。
故に、世間の評価なんかこの際どうでもいい。
私のためにこの作品を作り上げてくれた(←誇大妄想)敬愛する安彦良和氏に、心から感謝を送りたい。
そう『機動戦士ガンダム』という作品は、私にとって正に”人生のバイブル”だった。
喜び・悲しみ、有情・無情、そして時には理不尽まで、いつだって世の森羅万象を教えてくれたのだ。

✤✤✤

あれは私が、⼩学校6年生の時である。
世は空前のガンプラブームの真っ只中にあった。
ガンプラとは、当時バンダイが販売していた『機動戦士ガンダム』作中のモビルスーツやモビルアーマーのプラモデルを指す。
中でも1/144スケールのモビルスーツは、定価300円と、超合金などの玩具に比べ、子供でも購入しやすい良心価格に設定されていたこともあり、販売開始の翌年1981年2月頃には大ブームとなった。
とにかく近所のおもちゃ屋は全て売り切れ続出で、憧れのモビルスーツは、ちょっとやそっとでは⼿に⼊らない。
店側も、ここぞとばかり商⼈根性を丸出しにして、ガンプラと⼈気のない別のプラモデルをくっつけて売るという、極めて悪どい抱き合わせ商法に打って出たのだ。
私達はこれを『くっつき』と呼んで侮蔑の対象とした。
周りのブルジョアな子供たちは、巨万の富に任せて躊躇なく『くっつき』を買いあさり、ギャンやシャア専⽤ゲルググなんてレア品までもコレクションにしている。
一方の私はと言うと…相変わらずの極貧家庭ゆえに、察しの通り1体も持っていなかった。
私にとっては、皆が騒ぎもしないジムでさえ、垂涎の⼀品だったのだ。
そんな空前絶後のブームの中、駅前のダイマルというおもちゃ屋だけは、地元で唯⼀ユーザーフレンドリーだった。
隔週の⽇曜朝に、先着順ではあるが、1/144スケールのガンプラ単品販売を⾏っていたのだ。
開店1時間前に、その⽇単品販売されるガンプラの名称と販売数が発表されるのだが、それが何であれ先着5番目までは間違いなくレア品の単品購入が約束される。
私はささやかな⼩遣いを数か月必死で蓄め、ある⽇曜の朝にダイマルの店先に並ぶ決意をした。
決⾏⽇、早朝4時。
家族が鼾(いびき)をかく中、家を抜け出してチャリでダイマルに向かう私。
店に辿り着いた時…なんと既に3⼈の中学⽣が並んでいた。
だが、安心しろ…私は4番目だ。
レアものの単品買いは約束されたし、そもそもうちにはガンプラが1体もないのだから、入手出来さえすれば何だって宝物じゃないか。
私はまだ薄暗い夜明け前の店先に座って、寝たり起きたりを繰り返しながらひたすら開店を待った。
そして、4時間あまりが経過。
やがて、店の中から店員が現れた。
今日の単品販売のガンプラ名称と個数の発表だ。
居並ぶ全員が息を呑む。
「本日の商品を発表します!
 先着1位から3位の方!
 …
 …リックドム!!!」
前方に並ぶ3⼈の中学⽣が、歓声を上げガッツポーズで喜んだ。
リックドムは当時激レア品だったのだ。
私は羨ましがった。
落ち着け、次は私の番だ!
「続いて…
 先着4位から5位の方!」
高鳴る鼓動。
⼀体、何が我が家にやってくるんだ!
グフか?
はたまたズゴックか?
「先着4位から5位の方!
 …
 …
 …
 …武器セット!!!」

へ?
今、なんて⾔った?
ブキセット?
何それ?
私は後ろの奴に聞いた。
「え、君知らないの?ガンダムとかが持つ
 レアな武器。
 例えばそう"ガンダムハンマー"とか
 "ビームジャベリン"なんかがセットに
 なってる激レア品だよ!
 良かったよね、並んだ甲斐あって!」

へぇ〜なるほど、レアな武器が⼊ったセットねぇ。

…って、うちにはそれ装備するモビルスーツが1体もねーんだよっ!
武器だけあってどーすんの!
武器商⼈じゃあるまいし!
しかし私は折角並んだ何時間かを無駄にするのが嫌で、なけなしの小遣いをはたいて武器セットを買って帰った。
家で切り離した武器の数々は、メッキが剥げて、もはや何者だか判別不可能な超合金”キレンジャー”の腕にセロハンテープで固定して…悔しさに暮れながら遊んだのだった。
テレビでは再放送のガンダムのエンディングが流れている。
♪男は涙を⾒せぬもの~、⾒せぬもの〜♪
…泣くもんか。
⼤きくなって、バイトしまくって、絶対ガンプラ買い込むんだ。
ガンダムだってゲルググだって…全部全部…買い占めてやるっ!!!

✤✤✤

数年前、私はふと衝動に駆られ秋葉のホビーショップに⽴ち寄った。
そこには、あの頃⼿に⼊らなかったガンプラの数々が、復刻されて無数に並んでいた。
もはやありがたみも、くそもない。
レジに並んでいた⼩学⽣は、そんな古臭い昔のガンプラではなく、SEEDやらユニコーンやらのなんたらガンダムを5体もまとめてカードで購入し、無表情のまま帰っていった。
全く、どうなってんだ。
この⼦達は、30年後、私と同じようなほろ苦い想い出に酔いしれることがあるのだろうか。
そう考えて、不意に私は笑みがこぼれてしまった。
そんなほろ苦く切ない思い出を、笑って話せるようになった今の⾃分が、⼼から幸せなのだと思えたからだ。
だからあの頃の私に伝えたい。
「頑張れ少年!きっといいことあっから!」
そうさ、森羅万象笑い⾶ばせ。
それが『機動戦士ガンダム』から学んだ極意なり。
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