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キリング・オブ・ケネス・チェンバレンのJFQのネタバレレビュー・内容・結末

4.5

このレビューはネタバレを含みます

観終えた後、フリーズするパソコンのように固まってしまった。。自分はわりと、「これはこう!」「あれはああ!」「大きく言うと2つ!」みたいにバスっと図式化しがちな人間で。けれど本作は情報量が膨大なため、脳が容量オーバーになってしまったのだった。。

いや、映画は1シチュエーションかつ90分弱。映像自体の情報量はむしろ少ない。けれど映像から「喚起される」情報量が異様に多かったのだ。

さておき、あらすじを追っておく。
本作は、2011年アメリカ・ニューヨーク州ホワイトプレインズ市で起きた「ある事件」を元にした実話映画。主人公はタイトルにもあるケネス・チェンバレンという黒人の老人。双極性障害という「心の病」を患い、アパートに1人暮らしている。ホワイトプレンズ市には白人富裕層が多く住むが、ケネス老人が暮らす一角だけは「裏路地」というか、黒人向けのアパートが多いのだそうだ。

そんなこの町で、11月19日の早朝、「事件」が起こる。この日、ケネス宅の医療用通報装置が誤作動。「何かあったら押して助けを呼ぶ装置」が作動したので、その後、警官達がやってくる。そこでケネスは事情を説明。だが話は終わらなかった…。

警察官たちは「いいからドアを開けて中を確認させろ」と言う。対して、ケネス老人は「いや大丈夫だ」と拒む。すると、この「押し問答」がきっかけとなり、事態は思わぬ展開をみせていく。
そして、90分後、悲しい結末を迎えることとなる…

超文系人間だが、この映画をイメージ化すると「風呂の水がお湯になっていく」ような感じで。最初は水の分子が好き勝手に動いていたのだけど、風呂が温まるうち対流が始まって、🌀構造のようなものができていく感じというか(伝われ~)。

何を言っているかというと。

通常こうした事が起きると、たいていの場合、住人がドアを開けて警察の対応に応じるか、警察側が事情を察して去っていく。だから「大事」には至らない。

けれど、今回はそうならなかった。

なぜかと言えば…
1つに、住人が「心の病」を患っているという事情があった。

2つに、「心の病」を患っている人への警察側の配慮不足があった。ドアを激しく叩くと、彼らの心はより不安定になってしまう。けれど、警官の側にそうした理解が不足していた。

3つに、いや、理解している警官もいたが、それ以上に「先輩警官には逆らうな」という組織文化が強かった。そのため後輩警官が「ドアを叩くのはやめましょう」と言っても先輩たちがそれを聞き入れなかった…。

4つに、警官には「あらゆる犯罪の可能性を想定せよ」という「規範(建前?)」があった。

5つに、「黒人たちが住むアパートは犯罪が起きる可能性が高い」という警察側の経験則なのか、偏見なのかがあった。

6つに、警官にも、人生がうまくいってる奴、いってない奴がいて、いってない奴からすると、朝早く稼働させられることへのいら立ちがあった(わかるはわかる苦笑)。

7つに、そのいら立ちが「偏見(差別)」を増幅させた。

8つに、「黒人は犯罪を起こしやすい」という「偏見(差別)」を醸し出す社会があった。逆に黒人側からすると「どうせ白人は偏見で見てくるんだろ?」という「偏見」があった。

9つに、近代国家への無理解があった。近代国家は国民主権。国民が「主」で警察や政治家は「従」。なので、令状でもない限り「主」は「従」から自由を侵害されるはずはない。だが、現場の警察がそれを理解していなかった。(警官たちが不起訴になっていることから考えれば現場だけでなく「会議室にいる人たち」の無理解もあった、、)

他にも要因は数多あるだろう。けれど、少なくともこれらの要因がからみ合い「1つの流れ」ができた。

その結果、「ぜってー開けてやる!」/「ぜってー開けねえ!」という「不信の構造」ができてしまった。「水がお湯になり🌀構造ができるような映画だ」という表現で言いいたかったのはこういう事だ。

そう言うと、たまたま9つ(以上の)条件が重なって起きた「稀な事件」だと言っているように思うかもしれない。

けれど、自分が思ったのは、特に問題なくスムーズに事が運んでいる時ですら、少なくとも9以上の要因がからみあっていることで。

スムーズに行ってるから、自分の選択で万事うまくやっているように思えるが、たまたま9つ以上の要因のからみ合いが、悪い方に転がらなかっただけだったのでは?と。

いや、今「だけだったのでは?」と書いたが、逆に言えば9つが「悪い目」を出さなければ悲劇にはならないんでしょ?という見方もできて。

それについて、自分は、YESだNOだと歯切れのいい言葉を返すことはできない。

けれど、何か出来事が「起きる」ということの裏側には、膨大な要因がからんでいるということが読み取れる。

そのことを、1シチュエーション90分弱の「1撃」で浮かび上がらせる事に成功したのは、ものすごいことだと思った。

冒頭、「観終えた後、固まってしまった。」と書いたが、それは「図式」ではとらえ切れない「現実」を映し出しているからだろう。
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