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キリング・オブ・ケネス・チェンバレンの消費者のレビュー・感想・評価

4.7
・ジャンル
ノンフィクション/スリラー

・あらすじ
それは早朝5時22分、些細なミスから始まった…
とあるアパートで慎ましく暮らす老齢の黒人男性ケネス・チェンバレンは睡眠中に誤って医療用通報装置を発動させてしまった
応答が無かった事から警備会社は通報を行い、彼の部屋の前に白人警官達がやって来る
けたたましく響き渡るノック音でケネスは起こされるが身に覚えがあるはずもない
問題が無い事を伝え帰るよう彼は穏便に警官達に伝えるが中を見るまで帰れないの一点張り
しかし警察とは苦い思い出と不信感がある彼はどうしても入れたくはなかった
膠着状態が続く中、警官達はケネスが双極性障害を持つ元軍人である事も手伝って要らぬ想像を膨らませていく
それに対してケネスは警備会社にも電話口で補助を受けながら帰るよう促し続けるのだが警察の行動はかえってエスカレートしていき…

・感想
双極性障害を患う黒人の元海兵隊員ケネス・チェンバレンが誤って医療用通報装置を発動させてしまい、安否確認のために来たはずの白人警官に射殺されてしまったという2011年11月29日にニューヨーク州ホワイトプレインズで実際に起きた事件を描いた作品

アパートの一室とそのドアの前というワンシチュエーションで実際の事件とほぼ同じ尺で進行していくという手法が生々しく恐怖や義憤を煽る凄まじい作品だった
作中で唯一、彼の事情を考慮して穏便に事を進めようとする警官が1人いた事だけが救いだが元の事件に彼の様な存在がいたかどうかは分からない
それでも警官全てを否定しない様に努めたが故の登場人物として捉えられるのが巧かった

日本で暮らしているとアメリカほどの横暴さを見せる公権力者に出会う事は稀
しかし沖縄で起きたバイカー少年の眼球破裂事件等も記憶に新しいし決して無縁な問題ではない
警察は表向き治安維持の為に行動している
だがその実、本音としては彼らの思い通りに事を進めたいだけであろう事は職質の横柄さや点数稼ぎの白バイなど身近な所から日本人でも感じとっているはず
公権力に抗う=反社会的とみなす人も少なからずいるがそうではないという事を示すのに本作は打って付けの作品だと思う

似た様ないわゆる“Police Brutality”を題材とし実話を描いた作品に「デトロイト」がある
そちらの事件では警察が住民に疑いを持った原因に僅かだが情状酌量の余地があったし発生したのも‘67年と人種差別が今より遥かに色濃く残っていた時代だった
対して本作で取り上げられた事件が起こったのは2011年と比較的最近
それだけの時を経てもより理不尽な悲劇が警察の手で起こされたという事には怒りと絶望しか感じられない

公権力を持たされた者は往々にしてそれに酔いしれ暴走する事が多い
その事実は’71年に行われたスタンフォード監獄実験を描いた「es」からも良く分かる
その時点で既に露わになった問題が未だに解決されぬままで何度も悲劇が起き続けている
本来これは各国政府や国際機関が主導して解決すべきシステムの欠陥だ
それが分かりきっているのに放置されている現状にただただ虚しく正義とは何なのか?と苛立ちを覚える

何より腹立たしいのは彼らが誰も裁かれなかった事実
この事件に限らず、そしてアメリカに限らず公権力は身内に甘い
権威を守る為なのかもしれないが、むしろそれこそが権威への信頼を失墜させているんじゃないか?
昨今の自民党政権の振る舞い等にしたってそうだし警察も身内が過剰な行動を取ってもせいぜい解任や謹慎止まり
そこのあるのはもはや絶望のみだ

先日も国内で老女が万引きの濡れ衣を着せられ即座に在庫のチェックをする事もなく誤認逮捕されたという事があった
繰り返し言うけれど決して本作で描かれているのは他人事などではない
そこにあるのは程度の違いのみ
改めて市民が公権力をしっかりと監視し、問題が見受けられれば抗議する必要性を強く感じた
義務教育下で見せるべき作品だと個人的には思う

・追記
「ある殺人者の告白」や「クリーン、シェーブン」などが好きな人にオススメ
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