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タイラー・レイク 命の奪還2のambiorixのレビュー・感想・評価

3.7
お金と引き換えに対象の家族を敵のアジトから逃がす凄腕の殺し屋タイラー・レイク。今度のターゲットは「DV夫に軟禁された奥さんと子供」だ! っていうといかにもしょぼそうな感じがしますがこのDV夫、じつは麻薬や武器の取引で財を成したジョージアきってのギャングで、現在はアメリカの要人を殺したかどで刑務所に収監されているとんでもない悪党なのです。しかも彼が家族を軟禁しているのは刑務所の中。さらにアカンことに、刑務所の囚人たちはそのほとんどがDV夫の手下、というエクストリームすぎる状況が現出しております(もっというとDV夫の奥さんはタイラーの元嫁の妹でもあるらしくもう訳がわからん…)。つい先日、共同親権法案が衆院で可決されたばかりですが、あのガバガバな共同親権法に賛成票を投じた議員のみなさんにはぜひこの映画を見てもらいたい。お前さんたちの作った法律はこんなどうしようもないキンタマ野郎にお墨付きを与えてしまうかもしれないんだよ、と。いや、冗談ではなく。

MCUのマイティ・ソー役でおなじみクリス・ヘムズワースがアフガン仕込みの殺人術でもってバッタバッタと敵をなぎ倒していく迫力満点のアクションシークェンスが本作『タイラー・レイク -命の奪還-2』(2023)最大の見どころです。これを見て誰もが思い浮かべるのが「ジョン・ウィック」シリーズでしょうが、それもそのはず、監督のサム・ハーグレイブは、シリーズの監督であるチャド・スタエルスキとデヴィッド・リーチが共同で立ち上げたアクション集団「87イレブン」のスタントマン出身なんですね。実際にこの映画は、スタエルスキが「ジョン・ウィック」で見せたような極度に様式化されたキレッキレの殺人描写と、リーチが単独監督作『アトミック・ブロンド』(2017)でこころみた超長回しの擬似ワンショットアクションとをバランスよくミックスして発展させた構成をとっています。

特筆すべきは後者の擬似ワンショット。バングラデシュの首都ダッカの入り組んだ街並みを使った前作『タイラー・レイク -命の奪還-』(2020)もじゅうぶんに凄まじいのですが、本作のそれはさらに上を行きます。刑務所に潜入して奥さんと子供を連れ出すもうっかりミスで囚人に見つかり施設内を逃げ回るさなかで遭遇したDV夫を殺し大量の囚人と機動隊がもみ合う中庭を命からがら抜け出し仲間の用意した車に乗り込んでDV夫の兄ズラブがよこしたバイカー軍団をやり過ごして貨物列車に乗り込むも今度はガンシップと特殊部隊がやってきてそれを全滅させたところまでは良かったのだけれど列車が終点にたどり着いて脱線横転してしまう…とかいうとんでもなく長い、20分強にわたる一連の流れをカットを一度も割ることなくワンショットで見せてしまう。もちろん「ここが編集点なんだろうな」というところはあらかた察しがつくわけですけど、これだけの複雑なブロッキングと、これだけの豊富なアクションと、これだけの大量のモブをテキパキと手際よく処理していくわけですから、これはもうものすごい手練れだとしか言いようがありません。

しかし、ここは前作にも見られた問題なのですが、本作『タイラー・レイク -命の奪還-2』には、ストーリーの起伏だとか途中で明かされる驚愕の真実だとか強烈なメッセージ性、みたいなものがほぼ存在しないに等しいので、中盤に置かれたこのシークェンスを過ぎると物語が一気に推進力を失ってしまうという(笑)。このあたりもやっぱり「ジョン・ウィック」っぽいんですよね。彼らはあくまでアクションの監督なのであって、ストーリーテラーではないわけです。ハーグレイブ(と脚本のジョー・ルッソ)は、スタエルスキ=リーチのアカンところもしっかりと受け継いでいたのであった…。
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