幽斎

サイレント・ナイトの幽斎のレビュー・感想・評価

サイレント・ナイト(2021年製作の映画)
4.0
無名の新人女性Camille Griffin監督が、既存のXmas映画の概念をブッ壊す、奇想天外なブラック・スリラー。避けられぬ死への恐怖に対する究極の時が迫る。貴方は何方を選択するか?和風テイストのイオンシネマ京都桂川で鑑賞。

コメディだが「ある理由」でスリラーに見える(後述)。脚本と演出はCamille Griffin。短編映画をポツポツ創った地味な来歴、結婚を機に一度映画界を離脱。子育てしながら温めた脚本が「Silent Night」。初めは子供への読み聞かせ的なストーリーテリング、そのテイストの残り香を本作でも感じる。仕上がった本を「どうせ無理よね」思いながら、英国脚本家協会に登録。

イングランドを代表する映画クリエーター、Matthew Vaughn。代表作「キングスマン」マンネリ&ネタ枯れ、戦友Guy Ritchieの様に初心に帰って新人発掘と思った矢先、監督の脚本に目が留まる。「実力者俳優で大真面目に創ったら面白そう」自身が設立したMarv Studiosで制作すれば、コケても赤字は最小限で済むと、彼の知名度でトロント映画祭でプレミア上映。興業的に成功を収めたが、アメリカではプロットがSeth Rogen主演「ディス・イズ・ジ・エンド」既出済みと皮肉られた。

本作の成功は脚本を読んで「あら、素敵なお話ね」英国を代表するKeira Knightleyの参戦。レビュー済「オフィシャル・シークレット」の様に、ハリウッドでは無く生まれ育ったイギリス映画に絞って出演を重ねてる。Vaughnの成功は妻でドイツを代表する国際派スターClaudia Schifferのアドバイスだが、女優の抜擢センスは抜群。私の2022年ベストムービー「マリグナント 狂暴な悪夢」主演の座を射止めたAnnabelle Wallis。フランスの人気女優Lily-Rose Depp、クリスマスらしい華やかでブリリアントなメンバーが揃う。

私はシャマラニストなので、M. Night Shyamalan監督が聞いたら涙を流して喜びそうな起点で物語は始まる。例に依ってFilmarksのあらすじが書かなくても良い事まで書いてるので割愛するが、①生物を死滅させる毒ガスを吸って死ぬか、②政府のEXITピルを服用して苦痛のない尊厳死を選ぶか?。秀逸なのはミステリーの定石通り、自己中な妻と控えめな夫、レズビアンのカップル、医師と若い妻、子供も白人も黒人も居る。イギリスは昔からホワイト・ウオッシングには斜め上のスタンス、ミステリー小説で様々なデカダンスを描くが、本作も隙の無いキャラ配置と言える。登場するのも全てイギリス車。

エスタブリッシュメントが抜け切れない、イギリスらしいコメディにアメリカのQアノンの陰謀論的なテイストを会話劇の中に混ぜる事で、全体を不穏な空気に包み込む。家族同士のギスギスした関係、年甲斐も無く競う女のマウント合戦、昔の恋愛や不倫を穿り返す無生産な会話等々、観客は「世界が終ろうって時に何言ってんだよ」終始ニヤニヤが止まらない。品の良い吉本新喜劇、京都の毎週土曜日の午後を彷彿とさせる(笑)。退廃を語らせたら天下一品のイギリスらしい終末観が、ハリウッドの様なVFXに頼らず、屋敷の会話劇のみで成り立つコンセプトは実に面白い。

実質的な主人公はアート役を演じたRoman Griffin Davis。「ジョジョ・ラビット」続く長編2作目だが、「ホーム・アローン」(見た事無いけど)、 Macaulay Culkinを彷彿とさせる(死亡説まで出たが)。クリスマス映画に子供の存在は欠かせないが、最後までご覧に成った方は「なんで、この子にこの役を」思うだろうが、彼からクレームが付く事は無い。母親はCamille Griffin監督。双子の弟もHardy Griffin DavissとGilby Griffin Davis。コレぞ、ザ・家内産業(笑)。

【ネタバレ】物語の核心に触れる考察へ移ります。自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】

監督はインタビューでLars von Trier監督「メランコリア」モチーフにしたと語るが、本作は「ある理由」でスリラーとして見えてしまう、犯人は武漢ウイルス。Knightleyもロックダウン寸前に撮影が終わったと語る様に、脚本の執筆当時2018年はCOVIDの影も形も無いが、大人向けの気候変動のテーマが、今の私達には武漢ウイルスにしか見えない。劇場で公開されると更に波紋を呼んだ。

北米では「反ワクチン映画」烙印を押される。EXITピルを信じる派と信じない派。ワクチンを打つ派と打たない派。何でも2極化するのは陰謀論を信じる者の特徴だが、EXITピルがワクチンのメタファーにすら見えてしまう。バッシングを受け監督は「家族は全員ワクチン接種してる」声明まで出した。陰謀論に巻き込まれ、嘸かし悔しかったろう。

家族が揃って「死」を迎えると言えば、レビュー済「ブラックバード 家族が家族であるうちに」名優Susan SarandonとKate Winsletの演技が秀逸だが、本作の真のテーマは「自己の決定権」政府の強制とか同調圧力に屈してはイケないと警鐘を鳴らす。私ならEXITピルは飲まず、毒ガスで死ぬ方を選ぶ。万に一つの可能性を最後まで信じたいから。

毒ガスの正体は皮肉にもイギリスが開発した「VXガス」1994年オウム真理教のテロ事件でお馴染み。「何でガスマスク着けないんだ?」思うだろうが、神経ガスの特性は呼吸器だけでなく皮膚からも吸収され体内で毒性に変質するので、密閉された空間で隔離すれば防げる可能性は有る。VXの治療薬はPralidoxime methiodide、ヨウ化プラリドキシムを使う。アートの陰謀論も捨て切れないが、彼に耐性が有りヨハネ黙示録の世界を生き残るとは、最後まで皮肉が効いてた。彼はガスの後遺症で呼吸の慢性疾患で寝たきりの人生だろう。鬱エンディング代表作レビュー済「ミスト」彷彿とさせる「きよしこの夜」貴方にはどう聞こえただろうか?。

アポカリプスなLove&Death Actually、自分の最期の決断が自分で出来るだろうか?。
幽斎

幽斎