ベイビー

リコリス・ピザのベイビーのレビュー・感想・評価

リコリス・ピザ(2021年製作の映画)
4.2
20歳のころ、友達から勧められたのをきっかけにあるバンドにどハマりしていまい、それ以来僕のお気に入りになっていきました。

それまでさほど音楽自体に興味がなかったのですが、そのバンドの音楽だけは僕の感性にスッポリとはまり、アルバムも全部揃えたりして飽きずに何回も繰り返し聴いていました。

今考えてもどうして彼らの音楽に引き込まれてしまったのかなんて説明はできません。なぜか衝動的に気に入り、繰り返し聴くことで好きだと言えるようになり、知らずに僕の人生を彩ってくれて、いつの間にか僕の人生の一部になっていたのです。

簡単に言って、今作はそんなお話だったと思います。

今作のタイトルである「リコリス・ピザ」って、実際にそのような種類のピザがあるのではなく、アナログレコードを指すスラングで、"LP"とも掛けたシャレらしいです。ちなみに「リコリス」とはスペインカンゾウという天草の一種の根の部分とのこと。実際は北欧の定番お菓子の材料に使われていて、世界一不味いお菓子とも称されているみたいです。

https://macaro-ni.jp/items/302923

そうやってタイトルの意味を理解すれば、この作品で言いたかったことがなんとなく見えて来ます。

まず気づくのはポール・トーマス・アンダーソン監督の映画への愛。この作品は古き良き時代の映画業界の裏側エピソードがふんだんに散りばめられていますよね。これらのエピソードはハリウッドで実際にあった話をモチーフとしているそうで、それら一つ一つのエピソードを繋ぎ合わせた本作は、あたかも映画オタクであるポール・トーマス・アンダーソン監督監修のコンピレーションアルバムといった印象が残ります。

今作は起承転結もなく物語が語られています。ただ色んなエピソードを重ねたように作られた物語は、まるでたくさんの曲を詰め合わせたアルバムのようであり、そのエピソードの一つ一つがあの時代を彩った曲だとすれば、アラナとゲイリーの二人の思い出もまたその曲で彩られていたのだと言えます。

きっと誰もが経験する「意味もなくこの曲が好きだ」と思える感覚。それと同じようにゲイリーもアラナを見つけた時からお気に入りの音楽を聴き続けるようにアラナの側に居続けます。

君がいる世界線。

僕から音楽や映画を切り離せないように、誰も二人を切り離すことはできません。君が居ない世界なんて考えられません…

そんな純粋な感情が溢れている作品。ラストで過去の自分とオーバーラップしながら走り寄るシーンはもう最高でした。

ガキっぽいとかオバサンぽいとかは関係なく、"好き"という自分の衝動を信じて走り出す。他人には「リコリス」のように馴染みにくい存在だとしても、自分自身だけが感じる君が居るこの世界の美しさ。抑えられない衝動は何度でも繰り返し、針を落としたレコードのようにいつまでもループしては蘇る「やっぱり好きだ」というあの感覚。

そうやって、少し忘れかけていた"好き"という感情の素晴らしさを再認識させてくれるような作品でした。

やっぱりポール・トーマス・アンダーソン監督のこのような作風はいいですね。彼の初期作品を思わせるアルトマン的群像劇の描き方は自然と物語に引き込まれていきます。

そして監督作品の常連でありご盟友でもあったフィリップ・シーモア・ホフマン氏。彼の長男であるクーパー・ホフマンが堂々と主演を務め、初演技ながらも子役あがりの野心家という役を見事に演じきりました。あのゲイリーという、いかにも業界被れしているませた子供の描き方は見事でしたね。あの怠惰な身体つきといい生意気さといいピッタリなはまり役だったと思います。

それからアラナを演じたアラナ・ハイムも本当に素晴らしかったです。決して美人とは言い切れないものの、ふとした仕草がチャーミングで魅力的な女性。ゲイリーが一目で彼女の魅力に取り憑かれたのも分かる気がします。ちなみに劇中での二人の姉とは実の姉妹。三人で"HAIM"というバンドを組んで活躍中とのこと。

他の俳優陣も70年代の特徴を押さえた演技をしっかりこなし「ブギーナイツ」のようにあの時代のギラギラとした業界の裏側を描いてくれました。とても素敵な作品でした。
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