Hiroki

リコリス・ピザのHirokiのレビュー・感想・評価

リコリス・ピザ(2021年製作の映画)
4.2
初めに観てからもー1ヶ月が経つ。
思わずもう一回映画館に行ってから1週間。
なんとなくもう一回行きたい気持ちになっている自分がいる。
そんな映画も久しぶりな気がするなー。

映画館で観た作品に関しては最初にだいたい興行収入のお話をするのですが、PTAほど興収なんて意味がないというか、マジョリティに向けて作ってねーよというか、そーいうクリエイターはいないかもしれない。そんな彼については後ほど。
でも一応触れておきますと興収は全米でだいたい1700万ドル(約23億円)、全世界で3200万ドル(約44億円)。製作費が4,000万ドルと言われているので完全に赤字ですね。ソフトとか配信とか含むとどーなるかはまだわかりませんが。
まーアメリカでは2021年11月に限定公開でその後アカデミー賞にノミネートされて拡大公開という流れのようなので、そもそもが...という話もあります。

PTAは3大映画祭すべてで監督賞を受賞しているシネフィルの大好きな名クリエイターのひとり。
ポルノ産業、石油、宗教、ドラッグとあえて闇の部分にフォーカスを当てる事で現代のアメリカ社会を映してきた彼。
その物語はまさに難攻不落。
私たち凡人が到底理解する事なんてできない。
理解できるわけがない。
いや理解なんてさせてやらないよ。
そのくらい彼の物語はとてもプライベートな物語に思える。
アメリカ社会を映しているのにひどく私的で焦点がとても小さく絞られている。
さらに彼の詩的な言語感覚も観客を惑わせる。
私の中で彼の作品はそういうイメージ。

そんなPTAが今回題材にしたのが、自身が幼少期を過ごしたハリウッド近郊サンフェルナンド・バレーの1970年代。(過去作『ブギーナイツ』『マグノリア』『パンチドランク・ラブ』などお馴染みの舞台でちなみに今も家があって住んでいるらしい。)
まずオープニングシークエンス。
あるハイスクールの写真撮影の日に高校生ゲイリー(クーパー・ホフマン)とカメラアシスタントのアラナ(アラナ・クーパー)が出会う。
2人を追いかけるワンカットのカメラと眩しいばかりの陽光、そしてニーナ・シモンの『July Tree』が流れる。
完璧です!マスクから思わず笑みがこぼれます。

単純なボーイ・ミーツ・ガールから実在する人(主人公ゲイリーもショーン・ペンが演じるジャック・ホールデンもブラッドリー・クーパー演じるジョン・ピーターズもベニー・サフディ演じるジョエル・ワックスもみな実在の人物)や店(テイル・オコックもミカドも実際したらしい)を巧みに捉えながら進行していくカルフォルニアの夢物語はたぶんPTA本人の原風景。
ハリウッドの脇で起きる映画産業のあれこれは彼が感じた業界の姿なのかもしれない。

そして印象的なのがとにかくみんな走る、走る、走る。
思えば青春とは走る事なのかもしれない。
クソ野郎でお世辞にも良い奴とは言えない登場人物もなぜか走っていると「頑張れー!」と応援してしまっている。
「歳の差が...」とか「感情移入できなくて...」とかそんな事は全く関係ない。
これこそPTAのマジック。
PTAにしか描けないクソ野郎への讃歌。

過去作の中ではわかりやすいとはいえそれでもなかなか焦点が絞りづらいこの物語の中で、大多数が共通認識として感じた事が主演2人の素晴らしさだと思う。
ゲイリー役のクーパー・ホフマンはPTAの盟友フィリップ・シーモア・ホフマンの息子で映画初出演。
アラナ役のアラナ・ハイムは3姉妹の人気ロックバンドHAIMのメンバー(ちなみにPTAはHAIMのMV監督もしている)でこちらも映画初出演。
このキャスティングがめちゃくちゃ絶妙!
これ下手に演技が上手かったり、有名な俳優だったりしたらこの空気感はたぶん出ないんだよなー。この2人だからこそ、背伸びをしていない飾り気のない、あの雰囲気がでる。
しかもアラナの姉妹役で普通にHAIMメンバーで実の姉エスティ&ダニエルも出演してます。
PTA以外の誰にこのキャスティングができようか!大天才じゃないか!

まだまだ語りたいですが長くなってきたのでここらへんで。
個人的には彼のフィルモグラフィの中でも1,2を争うくらい好きな作品でした。
ちなみにタイトルの『リコリス・ピザ』は70年代のカリフォルニアで有名だったレコードショップの名前で本作品には一切登場いたしません。
そんな所も含めてこれこそがPTAなんだなー。

2020-58
Hiroki

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