深獣九

ダンサー・イン・ザ・ダーク 4Kデジタルリマスター版の深獣九のレビュー・感想・評価

4.0
難しかった。感情をどこに置いたらいいのか、よくわからなかった。

最高に胸くそ

そういう評判だった。でも、自分はそうでもなかった。セルマはとても不遇だ。重い目の病気を患っている。
それにつけ込んだビルは許せない。でも、彼も追い詰められていた。
リンダはセルマを陥れた。でも彼女だって、夫にだまされていた。
なにより夫婦はよき隣人で、セルマ親子の面倒を見てくれた。家賃だって破格だったろう。
だから、本当の悪人は見当たらなかった。他の友人たちはいい人ばかりだった。

終幕後、数人の観客は涙を流していた。
私は泣けなかった。鬼畜だからかな笑

セルマは神に見放されていたが、彼女なりに必死で生きてきた。それは美しかった。息子は手術を受けたし、親子の生活は幸せだったろう。よき友人に巡り会えたのは前述のとおりだ。

では何か。

トリアーが感じたビョークをありのままに描いたもの、私はこの映画をそうとらえた。
ビョークに出会い、ビョークを知り、ビョークを感じ、ビョークに惚れ、ビョークのすべてを描きたくなったのではないかな、トリアー監督は。
物語、キャラクター、演出、それらをどうしたら私のビョークのすべてを描けるのか。トリアー監督はその一心でメガホンを取ったに違いない。
過剰な演出はしない、音楽もミュージカルシーンだけ、カメラも手持ちが中心で粗い映像。顔に寄った構図も多い。

唯一無二の素材に出会ってしまったから、この映像を撮るしかないのだ、おれは。

はっきりと伝わってきた。

冒頭に難しかったと述べたが、それは批評者としてこの作品に深く入り込もうとしていたから。心の扉を開け放てば、魂の叫びが聞こえてくる。それだけ。
『ダンサー・イン・ザ・ダーク』は、この監督の性癖を知るための教科書だった。

今際の際のセルマの歌声は、この世のものとは思えない美しさだった。
深獣九

深獣九